j句

January 0312010

 只の年またくるそれでよかりけり

                           星野麥丘人

あ、読んでの通りの句です。言っていることも、あるいは言わんとしていることも、実にわかりやすくできています。ありふれていることのありがたみを、あらためて、しみじみと感じている様子がよく表されています。正月3日。このところの深酒のせいで深く眠ったあとで、ゆっくりと目が覚めて、朝風呂にでも浸かっているのでしょうか。水面から立ち上る湯気の様子を、見るともなく見ながら、年が改まったことへの感慨を深めているようです。若い頃には、受験だ結婚だ出産だと、次から次へ予定が詰まっていた一年も、子供たちが独立してからは、年が新しくなったからといって、特に大きな予定も思い当たらなくなってきました。ただただ時の柔らかな流れのなかに、力をいれずに身をまかせているだけです。なんだが止め処もなく湧いてくる、この湯気のような月日だなと思いながら、ありふれた日々のありがたさに、肩深くまで浸かっています。よいことなんて特段起きなくていい。生きて何事もなくすごせることの奇跡を、じかに感じていたいのです。『新日本大歳時記』(2000・講談社)所載。(松下育男)


January 1012010

 歌留多会廊下の冷えてゐたりけり

                           岡本 眸

象そのものを鋭く詠うためには、正面から向かうのではなく、その裏へまわらなければならないと、創作の秘密を教えてくれているような句です。それにしても、歌留多会を詠おうとしているのに、廊下の冷たさに目が行くなんて、なんてすごい感性なんだろうと、あらためて驚かされます。あるいは作者の目は、はじめから冷え冷えと伸びた廊下のほうにあって、扉を隔てた向こう側の遊びのざわめきを、別世界のものとして聞いているのかもしれません。身体はここにあっても、心はつねにそれを俯瞰するような場所にある。ものを作る才能とは、つまりはそういうものなのかもしれません。歌留多といえば百人一首。思い出すのは、今は亡き私の父親が、子供の頃にカルタが得意で、よく賞品をせしめて家に持ち帰ったという話を聞かされたことです。老年にいたるまで、常に口数が少なく物静かな人でしたが、酒に酔うとときたま、この話を自慢げにしていました。貧しい時代に、家族のために賞品のみかんを手に、わくわくするような思いで家路をたどる少年の頃の父親の姿を、だからわたしも酔うと、想像するのです。『新日本大歳時記』(2000・講談社)所載。(松下育男)


January 1712010

 冬の虹貧しき町を吊り上げる

                           田淵勲彦

は、ほかの季節よりも空中のものに意識が向かいます。毎夜10時過ぎに犬の散歩に出かけるわたしは、綱に引きずられながらも、いつのまにか冬空に輝く星にうっとりと見入ってしまいます。ほかの季節には、夜空のことなんてちっとも気にならないのに。本日の句は星ではなく、もっと近くに、そしてもっと鮮やかに現れてくる虹を詠っています。虹を、クレーンのように見据えて、空高くに何物かを持ち上げているように感じることは、それほど珍しいことではないのかもしれません。それでも読んだ瞬間に、ふっと小さく驚いてしまうのは、読者の読みそのものが、足元をすくわれて、空に持ち上げられたかのような気持ちのよさを感じるためなのです。冷たい空気が、句のすみずみにまで行渡っているような、透明感のある作品になっています。この句で特に好きなのは、「貧しき」という語のひそやかさです。ひたすら地べたにしがみついている生命のけなげさを、やさしく表しているようです。『朝日俳壇』(朝日新聞・2009年12月28日付)所載。(松下育男)


January 2412010

 武蔵野の雪ころばしか富士の山

                           斉藤徳元

ころばしというのは雪ダルマのことです。たしかに雪ダルマを作るためには、雪を転がして少しずつ大きくしてゆくわけですから、「雪ころばし」というかわいらしい言葉は、適切な名前と言えます。関東地方南部に長年暮らしているわたしは、雪ダルマを作るほどの積雪はめったに経験したことがなく、だからきちんとした雪ダルマなど作った記憶がありません。いつも中途半端にでこぼこで、泥のついた情けないものでした。江戸期の「雪ころばし」は、単に雪を転がして大きくしたもので、目鼻をつけることもなかったようです。だから余計に、遠方にぬっくと立ち尽くす富士山を、雪ダルマに見立てるなどという発想が出てきたのでしょう。冬の富士の気候は厳しく、武蔵野平野に作られた雪ダルマなどという暢気なものではありません。でもそれを言うならもちろん、雪に覆われた冬の生活そのものが日々過酷なものであり、だからこそこのような句で、心だけはほっとしたかったのかもしれません。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)


January 3112010

 雪の夜の紅茶の色を愛しけり

                           日野草城

茶を詠った句は、どれも読んでいてあたたかな気持ちになります。特に、ことさら赤い「色」に注目したのは、つめたい雪の「白」や、部屋をつつむ夜の「黒」と対比したもので、たしかに紅茶というのは、その熱を色にまで素直に表しているものなのだなと、あらためて感心してしまいます。かつてこの欄で、三宅さんが採り上げた「雪降ってコーヒー組と紅茶組」(中原幸子)の句にも感じたことですが、この世には、わたしたちをそっと支えてくれるものが、あらかじめきちんと用意されているものだなと、つくづく感じるわけです。わたしが紅茶を飲むのは、この句とは違って通勤前のあわただしい朝の数分です。トーストを頬張った後に、砂糖もなにも入れない紅茶を流し込むように飲んでから、気合を入れて会社に向かうわけです。この句のように、ゆったりとした言い方はできませんが、日々のはじまりに背中を押してくれるこの飲み物を、わたしだって深く愛しています。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)


February 0722010

 しら魚や水もつまめばつままるる

                           鶴海一漁

しかに、しら魚の体の色は透明なのだなと、あらためて驚いてしまいます。でもそれを言うなら、水が透明なのだってずいぶん変わったことであるわけです。透明なものがこの世にあるということは、わかっているようでどこかわからないところがあります。水の中に指先を入れて、なにもないところを二つの指ではさんで持ち上げれば、それはしら魚だった、ということをこの句は詠っているのでしょうか。でも読んでいるとつい、水そのものをつまむことができるような錯覚をしてしまいます。柔らかな液体をつまむ、という行為の美しさに、一瞬うっとりとしてしまいます。目をぐっと近づけて、この句をじっくりと見つめてしまうのは、だから仕方のないことかもしれません。読者を惹きつける、目に見えないものがそっとかけられているのではないのかと。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)


February 1422010

 春の日やポストのペンキ地まで塗る

                           山口誓子

の句に詠まれているポストは、スタイルのよい最近の一本足のものではなく、ずんぐりむっくりとしていて、厚い石でできた昔ながらのものなのでしょう。ドカンと地面に設置されたポストの、頭のほうから真っ赤なペンキを塗り始めたのでしょうが、下の方まで塗っているうちに、うっかり地面まで赤く塗ってしまったというわけです。作者は、塗っている作業を隣で見ていたというよりも、夕方の散歩の折にでも、通りすがりに新しいポストを見つけ、ペンキが恥ずかしそうにはみ出しているのを見つけたのです。そんなことだってあるさ、人間、そんなにきっちりとしなくてもいいじゃないかと、春の陽気が肩をたたいてくれているようです。私の年齢では、この句は、どこか吉田拓郎の「♪もうすぐ春が/ペンキを肩に/お花畑の中を/散歩に来るよ♪」という歌を思い出させてくれます。あたたかな陽気に、心まではみ出してしまっているような、そんな気分になります。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)


February 2122010

 菜の花や小学校の昼餉時

                           正岡子規

めばそのままに、広々とした風景が目の前に現れてくるようです。木造の校舎を、校庭のこちら側から見つめているようです。かわいらしく咲き乱れている菜の花と、教室内でお昼ご飯を食べている、これまたかわいらしい小学生の姿が、遠景によい具合につりあっています。今は静かなこの校庭にも、もうすぐご飯を食べ終わった子供たちが飛び出してきて、ひどくやかましい時間が訪れることでしょう。あっちこっちから走ってくる子供たちの姿を、ぶつかりやしないかと心配しながら、菜の花の群れが優しいまなざしで見つめています。とにかく句全体に、鮮やかに花が咲き乱れているようです。こんな句を読めた日には、わざわざいやなことなどを考えずに、ゆったりといちにちを過ごしてみようかな。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)


February 2822010

 白菜の孤独 太陽を見送つている

                           吉岡禅寺洞

菜は冬の季語ですが、「白菜の孤独」といわれれば、どんな季節にも所属させる必要はないのかなと思います。これを句と見るか、あるいは一行詩と見るかについては、人それぞれに考え方は異なるでしょう。でも、ジャンルがあって後の作品、などというものは本来あるはずもなく、どちらだろうが読むものの感性に触れてくるものがあれば、それでかまわないわけです。真ん中にある空白は、現代詩であるならば助詞が入ったのかもしれません。あるいは句であるならば、取り払われるべきものなのでしょう。ゆるんだ助詞を入れることを拒み、しかしここにはしっかりとしたアキが必要なのだという、強い意志が感じられます。「見送っている」という、遠いまなざしのためにも、この距離は必要だったのかもしれません。太陽を見送るほどの孤独には、どこか狂気に近いものを感じます。それはおそらく、この句の雰囲気が、吉増剛造の詩の一節、「彫刻刀が、朝狂って、立ち上がる」を思い出させるからかもしれません。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)


March 0732010

 片町にさらさ染むるや春の風

                           与謝蕪村

の風が、今にも吹いてきそうなさわやかな句です。「片町」「さらさ」「染むる」と、どの語をとっても、句のなかにしっくりと当てはまっています。「片町」というのは、道の片側だけに家が並んでいることを言います。なるほど、残りの片方が空き地であったり、野原であったりという風景は、今までにも見たことはあります。しかし、そんな風景にこれほどきれいな名前が付いているのだということを、知りませんでした。片側だけ、という状態の不安定さが、徐々にわたしたちに傾いてきて、言葉の魅力を増しているのかもしれません。「さらさ」は漢字で書けば「更紗」。ことさらひらがなで書いたのは、音の響きを強調したかったのでしょうか。さらさらと、川のように滑らかに町をなでてゆく風を、確かに連想させてくれます。風が町全体を染め上げている。そんなふうにも感じます。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)


March 1432010

 手をはなつ中に落ちけりおぼろ月

                           向井去来

味をたどってゆく前に、一読、なにかぐっとくるなと感じる句があります。それはおそらく、語と語との関係性以前に、語それぞれが、すでにきれいな姿をもち、わたしたちに与えられてしまう場合です。本日は、まさにそのように感じることのできる句です。「手」「はなつ」「落ちけり」「おぼろ」「月」、どれも十分に魅惑的に出来上がっています。さて、「手をはなつ」というのですから、それまで握り合っていた手を放すということ、つまりは別れの場面なのだと思います。その、手と手が離れた空間の中に、朧月がちょうど落ちてゆくというのです。ということは、作者の視点は別れる人たちの中間にあることになりますが、そこはそこ、作者の想像による視点の移動と考えたほうがよいのでしょう。別れてゆくつらさを感じているのは、まさに作者自身であり、それまで握っていた手が、大きさの違う異性のものであると感じてしまうのは、「おぼろ月」という語から発散されるロマンチシズムによるもののようです。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)


March 2132010

 旅立ちの朝の玄関冴返る

                           布能民雄

語は「冴返る」。歳時記には、「冴え」(冬)が返って(帰って)来るという意味で、「寒戻る」などと同じ、とあります。ただ、普通に「冴返る」と聞けば、光や音のあざやかに感じられる様を思い浮かべます。朝日新聞の朝刊でこの句が目に付いたときには、まさに後者の意味でした。この句で詠まれている旅立ちが、どれほど重大なものなのかはわかりませんが、たしかに自分の経験を思い出してみても、遠い地への出張の朝など、玄関で靴を履くときには、いつもと違った改まった気持ちになるものです。どこか玄関が、よそよそしく感じられるものです。靴を履く行為そのものも、不思議に儀式めいてくるとともに、玄関が、日常の時間からずれたところある特別な空間にも感じられてきます。季節がら、4月からの新しい人生に関係した旅なのでしょうか。あるいは友人との気楽な海外旅行ででもあるのでしょうか。旅の理由はともあれ、身を引き締めるほどの冴えが、扉をあけた人の背中を、そっと押してくれているのでしょう。「朝日俳壇」(「朝日新聞」2010年3月15日付)所載。(松下育男)


March 2832010

 紙だけの重さのやうな種袋

                           中川萩坊子

語は「種袋」、春です。薄っぺらで、すぐに手で破くことのできる、だれでもが知っている袋のことです。ところで、現代詩を書いているものならば、店先に並んでいる「種袋」のことをわざわざ作品に書こうなどとは、めったに思いません。そう言った意味では、創作者の目は、俳句においてのほうが明らかに、日々の隅々にまできちんと行き届いているようです。「種袋」と言われて思い浮かぶものといえば、表面に印刷された植物や野菜のきれいな写真なのでしょうが、この作者がとりあげたのは、袋の軽さでした。その軽さを、「紙だけの重さ」のようだと表現しています。力の抜けた、実に見事な感性です。種に入っているのは、これから先の時間の集まりです。こんなに小さくて軽いものから、そのうち世界のアチコチが美しく形作られてゆくわけです。いつか大木になるかもしれない種を、このてのひらに乗せているのだと思えば、なんだか急に、鋭い重さを感じ始めます。「朝日俳壇」(「朝日新聞」2010年3月22日付)所載。(松下育男)


April 0442010

 雪とけてくりくりしたる月夜かな

                           小林一茶

だまだ寒い日が続いています。と、私がこれを書いているのは、寒気が上空を覆っている3月30日(火)ですが、はてさて4月4日には陽気はどうなっているのでしょうか。この句のように「雪とけて」、穏やかな春の大気に包まれているでしょうか。本日の句、ポイントはなんといっても「くりくり」です。なんだかふざけているような、でも馬鹿らしくは感じさせないすれすれのところの擬音を、さりげなく置いています。心憎い才能です。「くりくり」から思いつくのは、今なら子供の大きな丸い目ですが、当時はどうだったのでしょう。凡人には、いくら頭をひねっても、あるいは幾通りの擬音をためしてみても、こんなふうには出来上がらないものです。結局は持って生まれた才能のあるなしで、文学のセンスは決まってしまうのかと、凡庸な才で日々苦労しているものにとっては、つらい気持ちにさせられます。とはいうものの、今更どうなるものでもなく、たまたま見事な言葉遣いの才が、この人に与えられてしまったのだと気をとりなおし、目をくりくりして、ただ素直に感動することにしましょう。『百人百句』(2001・講談社)所載。(松下育男)


April 1142010

 人も見ぬ春や鏡の裏の梅

                           松尾芭蕉

の表面をミズスマシのように歩いたり、あるいは鏡の中の世界へ深くもぐりこんでいったり、というのは、アリスの国の作者だけではなく、だれしもがしたくなる想像の世界です。この句で芭蕉は、鏡の外でも中でもなく、鏡の裏側の絵模様に視線を当てています。鏡に映っている下界の季節とは別に、鏡の裏側にも季節がきちんと描かれていて、見れば梅の咲き誇る春であったというのです。けれど、この春はだれに見られることもなく、また、時が進んでゆくわけでもなく、取り残されたように世界の裏側にひっそりと佇んでいます。鏡の外の庭には、すでに桜が咲き、さらにその盛りも過ぎようとしています。けれど鏡の裏側には、いつまでも梅の花が、だれに愛でられることもなく咲いています。句全体に、美しいけれどもどことなくさびしさを感じてしまうのは、鏡の裏という位置に、自分の人生を重ねあわせてしまうからなのです。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)


April 1842010

 蝋涙や けだものくさきわが目ざめ

                           富沢赤黄男

季句です。蝋涙は「ろうるい」と読みます。普通の生活をしている中では、とてもつかうことのない言葉です。なんだか明治時代の小説でも読んでいるようです。辞書を引くまでもなく、その意味は、蝋がたれているように涙を流している様を表現しているのかなと、思われます。文学的な表現だから、いささか大げさなのは仕方がないにしても、蝋燭の流れた跡のように涙の筋が残っているなんて、いったいどんなことがあったのだろうと、心配になってきます。「けだもの」という、これもインパクトの強い単語のあとに、「くさき」と続けるのは、自然な流れではあるけれども、ちょっと意味がダブっているような気もします。それにしても、生命が最も力の漲っているはずの目覚めのときに、すでにしてたっぷりと泣いているというのです。おそらく世事のこまごまとした悩みからではなく、命あることの悲しみ、そのものを詠いあげているのでしょう。あるいはそうではなく、日々の平凡な目覚めこそが、実はそのようなものなのだと、言っているのでしょうか。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)


April 2542010

 朝寝して頬に一本線の入る

                           蜂巣厚子

語は「朝寝」、春です。このところのあたたかくなった陽気につつまれて、いつまでもぐずぐずと布団の中にいることを言うようです。でも今日の句、いつまでも布団の中にいることには、なにか別に理由がありそうです。頬に一本線が入ったというのは、まちがいなく涙の流れた跡でしょう。思えば、先週採り上げた句、「蝋涙や けだものくさきわが目ざめ」(富沢赤黄男)と、同じ場面を描いていることになります。それにしても出来上がった作品は、ずいぶん印象を異にしているものです。あらためて、創作というものが持つ幅の広さに感心してしまいます。先週の句が、絵の具を分厚に塗りこんだ油絵なら、今日の句は淡い水彩画ともいえるでしょうか。先週の句には、どこかこちらが一方的に驚かされているようなところがありましたが、今週の句には、もしできることなら、この人に手を差し伸べて、なにかをしてあげたいという、そんな心持になってきます。「朝日俳壇」(「朝日新聞」2010年4月19日付)所載。(松下育男)


May 0252010

 ぶらんこの人を降ろして重くなり

                           武仲敏治

語は「ぶらんこ」、春です。もともと文学というのは、人と違ったことを言いたがる傾向にありますから、ものの見方を逆にしてみるというのは、決して珍しいことではありません。それでも今日の句のように、このテクニックがまだまだ新鮮に感じられることがあるから、不思議なものです。要は、逆説的にものを見た、それだけではないものを作品が示してくれているかどうかにかかっているようです。この句では、ぶらんこは人が降りたら軽くなるのではなく、むしろ重くなるのだといわれて、ああそういう見方もあるのかと、なぜか頷いてしまいます。つまり、読み終わった瞬間に、理由はともかく、読者が頷いてくれるかどうかが作品成立の分かれ道です。長谷川櫂氏は、「今まで軽やかに揺れていたのに、もはや垂れたまま動かず」と、解説しています。なるほどそう言われてみればそうなのかと思います。ただ、擬人にとらわれてしまう私には、自分に思いを寄せてくれていた人が、突然去ったあとの心の重さのことなのだと、つい受け止めてしまうのですが。「朝日俳壇」(「朝日新聞」2010年4月26日付)所載。(松下育男)


May 0952010

 縞馬の流るる縞に夏兆す

                           原田青児

て、シマウマの縞は縦だったか横だったかと、にわかにわからなくなり、さっそく調べてみれば、1頭の体の中には縦も横もあり、確かに「流れる」ように全身を覆っています。こんな模様はどこかで見たことがあるなと思い起こせば、両手の指に刻まれた指紋のようであります。同じ縞模様は二つとないのだと書いてあるネットの解説に、それではなおさら指紋と同じではないかと、再び感心してしまったわけです。シマウマを詠んだ句では、かつて今井聖さんがこの欄で採り上げた「しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る」(富安風生)が愉快に思い出されますが、どちらの句も、初夏を詠っています。緑鮮やかに生えそろった草を食むシマウマのゆったりとした姿が、夏の開放感を感じさせてくれるからなのでしょうか。それにしても、なんであんなにあざやかな模様がついているのだろうと、不思議でなりません。シマウマに限らず、複雑な模様のついた動植物を見るにつけ、地味な色で出来上がっている自分の体と人生に、なぜか思いは巡ってゆきます。『合本俳句歳時記 第三版』(2004・角川書店)所載。(松下育男)


May 1652010

 蝿叩此処になければ何処にもなし

                           藤田湘子

も虫も、めったに部屋に入り込むことのないマンション生活の我が家では、一匹の蝿の音がするだけで、娘たちは大騒ぎをします。はやく窓の外に出してくれと、そのたびに頼まれますが、今やどこを探しても蝿叩きなどありません。それにしても昔は、何匹もの蝿が部屋の中を飛び回っているなんて、あたりまえの光景だったのに、いつごろから蝿の居場所はなくなってしまったのでしょうか。顔のまわりに飛び回るものがなく、わずらわしさがなくなったとは言うものの、この部屋には人間のほかにはどんな生き物もいないようにしてしまったのだなと、妙な寂しさも湧いてきます。今日の句は、一家に幾本かの蝿叩きが常備していた頃のことを詠んでいます。たしかに、蝿叩きをつるすための場所はあっても、そこにきちんとぶら下がっていることはありませんでした。前回蝿を叩いた場所の近くに、無造作に放り投げられているわけです。その、放り投げられた場所の周りに、若かった頃の家族が、ごろごろと寝そべっていた夏の日をにわかに思い出し、つらくも懐かしい気持ちなってしまいました。『現代の俳句』(2005・講談社)所載。(松下育男)


May 2352010

 空き缶がいつか見ていた夏の空

                           津沢マサ子

を書いていてどうにも行き詰まったときには、わたしの場合、登場人物に空を見上げさせます。空を見上げるという行為がもたらしてくれるものに、助けられることがしばしばあるからです。それというのも、八木重吉の有名な「あかんぼが空を見る」を持ち出すまでもなく、人生いろんなことがあるけれども、わたしたちは所詮、空をみつめて生まれ、空を見つめて日々を生き、空を見つめてこの世を去ってゆくからなのでしょう。気がつけば「空き缶」という言葉にも「空」がきちんと入っていて、つまりは空き缶の中には空がびっしりと詰まっているというわけです。どこから見ても明解な句ですが、唯一考えさせられるところは、「いつか」の1語。今ではなく「いつか」と言っているだけなのに、それだけで意味深げになるから不思議なものです。いつかの空に、いったいなにがあったのでしょうか。水溜りの脇に捨てられた空き缶とともに空を見つめれば、私の中もすっかりカラになって、喉もとまで空が満ちてくるような気がします。『角川大歳時記 夏』(2006・角川書店)所載。(松下育男)


May 3052010

 永遠はコンクリートを混ぜる音か

                           阿部青鞋

遠もコンクリートも、どの季節に属しているとも思えませんので、この句は無季句です。永遠を定義しようとする試みは、正面から向かうのはどうも無理なようですから、とんでもないもので説明するしか方法はないようです。たとえばこれを、「永遠はなべの底か」でも「永遠はキリンの咀嚼か」でも、最後を疑問形にしてしまえば、そこそこ意味がありそうに見えます。どんなふうに言ってみたところで、永遠を理解することなど、所詮できはしないのだという人の悲しみが、含まれてしまいます。死と愛が、詩の普遍のテーマであるなら、永遠はどちらにも寄り添うことのできる都合のいいテーマであるわけです。今からずっとずっと先、さらにそれよりも遠い未来があるということを考えているだけで、人は誰しも詩人になるしかありません。それにしても、どうして永遠がコンクリートを混ぜる音なのでしょうか。見ていても、いつまでも終わらないからだと、単にそれだけの意味なのでしょうか。まあ、いろんな解釈はあると思いますが、どれが正解かなんて、永遠の前でどんな意味を持つでしょう。『俳句鑑賞450番勝負』(2007・文芸春秋)所載。(松下育男)


June 0662010

 読まず書かぬ月日俄に夏祭

                           野沢節子

段は行かないのですが、今年は友人が朗読をするというので、5月末の日曜日に、「日本の詩祭」に行ってきました。会場に入ってまず驚いたのが、広い場内のほとんどの席がすでに埋まっており、その人たちがたぶん皆、詩人であることでした。日本にはこれほど多くの詩人がいるものかと思った後で、しかし「詩人」なるものの定義も、どこか曖昧だなと、あらためて思いもしました。わたしも、ものを書いて発表するときには、ほかにぴったりする呼び名もないので、名前のあとに(詩人)とつけられることがあります。しかし、言うまでもなく詩を書いて生活をしているわけでもなく、また、毎日毎日詩を書いているわけでもありません。では、読むほうはどうかといえば、これも、通勤電車で読む日経新聞と会社の書類以外には、まったく何も読まない日々もあり、月日はそれでも詩人を過ぎてゆくわけです。とはいうものの、心のどこかには、自分にはもっとすごい詩が書けるのではないのか、そのためにはきちんとした勉強を怠ってはいけないのだという気持ちはしっかりともっており、だからいつも焦っているわけです。焦って見上げる夕暮れの空からは、遠い祭囃子の音が風に乗って聞こえてきます。ああ、今年ももう夏祭の季節になってしまったのだなと、さらに人生に、焦りの心が増してくるのです。『俳句のたのしさ』(1976・講談社)所載。(松下育男)


June 1362010

 香水の一滴づつにかくも減る

                           山口波津女

語は香水、夏です。香水壜の形や色の美しさはむしろ、秋の落ち着いた雰囲気につながるものがありますが、汗をかく季節に活躍するものということで、夏の季語になったのでしょう。それにしても、海外旅行の土産に、どうしてあんなに香水が幅を利かせているのだろうと思ったことがあります。考えてみればわたしなど、空港の免税店だけでしか香水と遭遇する機会はありません。もちろん使ったことなどありません。それでも、句の意味するところは感じ取ることができます。これまで、かすかな一滴づつしか使ってきていないのに、気がつけば壜の中はずいぶん減っています。自然に蒸発したわけでもなく、ほかの家族が無断で使った様子もないのであれば、この減りは間違いなく、ホンの一滴の集まりであるのだなと納得し、驚いてもいるわけです。読者は当然のことに、この一滴を、「時の推移」そのものに置き換えようとします。過ぎ去った日々を思うときに、もうこれほど月日は経ってしまったのかと、自分の年齢にあらためて驚いてしまう。そんな感情とつながっています。『俳句のたのしさ』(1976・講談社)所載。(松下育男)


June 2062010

 父の日の忘れられをり波戻る

                           田川飛旅子

日は父の日、ということでせっかくなので父の日の句です。手元の歳時記で父の日の句を調べてみれば、たしかに何句かはあるものの、すでに清水さんがこの欄で過去に採り上げており、選択肢はおのずと狭まってしまいます。(季語検索で「父の日」を参照してください)父の日に限らず、記念日を詠んだ句には、どうしても句の内容をその日に強引に結び付けようとする心持が働いて、どこか無理があるなと感じるものが多いようです。あるいは、記念日の意味にぴったりと付いたものになって、発想の広がりに制約ができてしまうこともあります。また、その記念日から、誰もが連想するものを素直に読者と確認しあうものもあります。本日の句は、そういった確認句のうちのひとつ。父の日がつい忘れがちになってしまうという、だれもが感じる、母の日との受け止め方の違いを詠んでいます。ただ、最近はデパートやコンビニの宣伝もあって、町のいたるところに「父の日のプレゼントは?」という文字が見られるようになってきたため、本日の句の感慨も、若干違ってきています。とはいうものの、母という文字の重さには、どんな時代になっても到底適いはしないなと、子の父であるわたしも、めずらしくプレゼントされたウイスキーを眺めながらつくづく思うわけです。『合本 俳句歳時記第三版』(2004・角川書店)所載。(松下育男)


June 2762010

 さくらんぼ笑で補ふ語学力

                           橋本美代子

は「えみ」と読みます。季語はさくらんぼ。いったいよくもこれほどかわいらしいものが世の中にあるものかと思うほどに、色艶も、大きさも、手と手をつなぎあっているその姿も、完璧な果物です。一生こんなものを眺めていられるなら、さぞや楽しい人生だろうと思うわけですが、この句はそれほどに楽な状況ではなくて、おそらく外人との会話に、困り果てている姿を詠っています。これで文法は正しいだろうか、とか、3単現のエスを忘れてしまった、とか、言いたい単語は頭の中にその姿を現しているものの、どうしてもその言葉が出てこないとか、困りきった挙句に笑ってごまかしています。35年以上も外資系の会社に勤めて、そのほとんどの期間において外人の上司の下で働いていた私としては、実に、人ごととは思えない句です。ところで、さくらんぼと、この状況とはどんな関係があるのでしょうか。困り果てた挙句に浮かび出た素直な笑顔が、弱さをありのままに出していて、なんとも無防備で無垢なかわいらしさをたたえていた、それゆえのさくらんぼなのでしょうか。『俳句のたのしさ』(1976・講談社)所載。(松下育男)




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