April 192010
菜の花の中や手に持つ獅子頭
松窓乙二
作者の乙二(おつじ)は、江戸時代後期の東北の俳人。この俳人とその句のことは、矢島渚男『俳句の明日へ3』(紅書房・2002)で、はじめて知った。いちめんの菜の花のなかを、獅子舞の男が通ってゆく。獅子舞といえば都会では正月のものと決まっていたが、渚男が書いているように「陽春の候、春祭に東北あたりまでやってきたものか」もしれない。いずれにしても、当時の東北の人でもあまり見かけぬ光景であったのだろう。この様子を想像してみると、菜の花畑の黄色い花々に獅子舞の男はすっかり溶け込んでいて、ただひとつ獅子頭のみが移動しているのが見えているような気がする。なんだか夢でも見ているかのような、奇異でシュールな光景だ。おそらくは、乙二とともに目をこすりたくなった現代の読者も多いのではなかろうか。作者は光景そのままを詠んでいるだけだが、しかしこの「そのまま」を見落とさずにきちんと捉えた才質は素晴らしいと思う。俳人は、かくあるべきだろう。春うらら……。(清水哲男)
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