May 312010
紫陽花や蔵に住みつく少年期
石井康久
住宅難の時代の句だろう。子供たちが大きくなってきて、家が手狭になってきた。かといって、そう簡単に建て替えたりはできない。そこでもう使わなくなっていた小さな蔵を臨時の子供部屋として使うことになった。昼間だけそこで子供らが過ごすことになったのだが、少年だった作者はその部屋が気に入って、いつしか「住みつく」ようになったのである。蔵特有の小さな窓からは、この時期になるといつも母屋との間に咲いていた紫陽花が見えたものだった。だから大人になってからも、紫陽花を見ると少年期を思い出すのである。こう私に読めるのは、同じような体験があるからだ。高校時代にやはり家が狭くなったので、父が庭にミゼットハウスなる組み立て式の部屋を作り、私たち兄弟の勉強部屋とした。そして私もまた、母屋で寝ることを止めてしまい、そこに住みついたのだった。名目は深夜までの勉強のためだったけれど、夜になるとラジオばかりを聴いていた。また、大学生になってからは、実際に蔵を改造した下宿部屋に暮らしたこともある。そのときにはじめて、自分用の勉強机を持てたことなども懐かしく思い出された。『現代俳句歳時記・夏』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|