June 012010
苦しむか苦しまざるか蛇の衣杉原祐之
人間が抱く感情の好悪は別として、蛇が伝承や神話などに取り上げられる頻度は世界でトップといえるだろう。姿かたちや生態など、もっとも人間から離れているからこそ、怖れ、また尊ばれてきたのだと思う。また、脱皮を繰り返すことから豊穣と不滅の象徴とされ、その脱ぎ捨てた皮でさえ、財布に入れておくと金運が高まると信じられている。掲句では、残された抜け殻の見事さと裏腹に、手も足もなく、口先さえも不自由であろう現実の蛇の肢体に思いを馳せつつ、背景に持つ神話性によって再生や復活の神秘をも匂わせる。以前抜け殻は、乱暴に脱いだ靴下のように裏返しになっていると聞いたことがあったが、この機会に調べてみようとGoogleで検索してみるとそのものズバリのタイトルがYouTubeでヒットした。おそるおそるクリックし、今回初めて脱皮の過程をつぶさに見た。もう一度見る勇気はないが、顔面から尻尾へと、薄くくぐもった皮膚からつやつやと輝く肢体への変貌は、肌を粟立たせながらも目を離すことができないという不思議な引力を味わった。はたして彼らはいともたやすく衣を脱ぎ捨てていたのだった。〈雲の峰近づいて来てねずみ色〉〈蜻蛉の目覚めの翅の重さかな〉『先つぽへ』(2010)所収。
|