`句

July 1972010

 半世紀前の科学誌毒茸

                           中村昭義

語は「茸(きのこ)」で秋。だが、この句は限りなく無季に近い。句の力点は、あくまでも「半世紀前の科学誌」にあるからだ。戸棚や物置の整理をしていて、子供時代に読んだ科学雑誌が出てきたのだろう。懐かしくてページを繰っていたら、たまたま毒茸の詳しい解説記事に目が止まった。写真やイラストの図解もあって、当時怖いと思いながらも熱心に見つめた記憶がよみがえってきた。誰でもそうだろうが、このように古雑誌や古新聞を眺めているうちに思いがたどり着くのは、記事そのものにまつわる事柄よりも、当時の自分のことや生活のことだ。いまは疎遠になっている友人のことや亡くなった人たちのことだったりもするのである。だから無季句に近いというわけで、熱心に接した媒体であればあるほど、その濃度は高い。句を読んで私などが思い出すのは「子供の科学」だ。田舎にいたのでめったに読む機会はなかったけれど、学校の理科の授業よりも数段面白かった。「縦に割けるキノコは食べられる」「毒キノコは色が派手で、地味な色で匂いの良いキノコは食べられる」などは迷信だ。などと書かれてあって、得意げに友人たちに触れ回ったこともある。作者の「科学誌」とは何だろうか。句に触発されて、いろいろなことが思い出され、しんみりとした良い時間が持てた。『神の意志』(2010)所収。(清水哲男)




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