November 07112010

 予備校の百の自転車冬に入る

                           長島八千代

は今年とうとう60歳になってしまいましたが、若いころに想像していた60歳とはずいぶん感じが違います。言うまでもなく時は切れ目なく流れてきており、しかし古いものから過去が遠ざかってゆくというわけではありません。未だに何十年も昔の、学生のころの夢をみてうなされることがあります。一生の体験のうち、記憶に残りそうなことは、ほとんど成人前にかたよっているように思われます。あるいは、若いころは生きることにまだ新鮮な精神を持っており、それゆえにちょっとしたことでも鮮明に覚えてしまうのかもしれません。本日は立冬。この歳になってみれば単に季節の変わり目に過ぎませんが、来年受験をひかえている学生にとっては、特別な意味を持っています。ああもう冬になってしまったか、まだ受験の準備は進んでいないのにと、ほとんどの受験生はあせりを感じるころです。予備校にとめられている自転車の数だけ、そんなあせりを運んできたものと思えば、なんだかサドルの群れに、小声でエールを送ってあげたくもなります。『角川俳句大歳時記 冬』(2006・角川書店)所載。(松下育男)




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