April 182011
茅花抜く遠きひかりの中にいて
早川三千代
懐かしい情景だ。子供の頃、よく茅花(つばな)を抜いて食べていた。それも、片手に握れるだけたくさん抜こうと、要するに風流心のかけらもなく、食い気一本で春の野を這えずりまわったものだった。茅花はチガヤの花のことだが、若い花穂は綿のようにやわらかくて、少し甘い味がする。この句の作者が抜いているのは、もう少し成長してからのものだろう。むろん食い気からなどではなくて、その美しい銀白色の花を愛でるためである。おだやかな春の日差しをあびながら、一本か二本くらいをすっと抜いてみている。そしてその日差しは、実は遠い過去のものである。「遠きひかり」のなかでは、作者の姿がシルエットのように浮かび上がっており、もはや夢とも現とも分かちがたい情景だ。類句はありそうだが、いかにも俳句らしい詠みぶりの心休まる一句だと思った。『現代俳句歳時記・春』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)
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