東京地方に台風接近、まだ五月なのに。今年は当たり年なのかな。(哲




2011蟷エ5譛29譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

May 2952011

 わが死にしのちも夕焼くる坂と榎

                           加藤かけい

語は夕焼け。夕焼くるは「ゆやくる」と読みます。人の一生というのは、言うまでもなくその人にとっての「すべて」です。ところが、その「すべて」の外にも、なぜか依然として時は流れ、夕焼けはやってくるのです。自分の終わりが、この世の成り立ちにとって、それほどの出来事ではないのだと気づいてしまうと、ちょっとがっかりします。でも、なんだか気が楽にもなってきます。なにかの一部でしかないということの気楽さをもって、それでも日々に立ち向かってゆく人の命は、なんだか健気にも見えてきます。果てしない空を染める真っ赤な夕焼けは、たしかに坂道や木に似合っています、それでも、字余りになっても榎をここに置いたのは、高い空にすっきりと立つ姿を示したかったからなのでしょうか。あるいは作者の人生の、大切な道しるべにでもなっていたのでしょうか。『合本 俳句歳時記 夏』(2004・角川書店)所載。(松下育男)


May 2852011

 すゞかけもそらもすがしき更衣

                           石田波郷

前目にした時は、空、だった気がするが、平仮名の方がいいなあ、と。いずれにしても調べも音も色彩も気持ちのよい句だ。一昔前は、学校も六月一日に一斉に更衣をしていたので、教室に入ると、制服が紺から白へ一気に明るくなり更衣の実感があった。最近は五月から移行期間をもうけて、暑い人は夏服可、とするので以前ほどの感動はない、合理的ではあるが。この時期、個人的には衣服の入れ替えとは別に、初めて半袖一枚で外出する日、更衣に近い感慨があるように思う。そんな日は、夏が来たなあと実感しつつ、この作者のように、何もかもすがすがしく感じるのだ。『最新俳句歳時記 夏』(1972・文藝春秋)所載。(今井肖子)


May 2752011

 島を出し船にしばらく青嵐

                           片山由美子

と陸との距離が明解。その距離がしだいにひろがる。その時間が「しばらく」だ。ここには時間と距離が詰まっている。空間構成が中心に据えられていて情緒に凭れない。知をもって空間を捉える山口誓子に発した伝統が鷹羽狩行を経由して着実にこの作者に受け継がれていることがわかる。こういう方法に今の流行は抵触しない。しかし、それは俳句の伝統的な要件を踏まえた上でクールな時代的感性を生かした現代の写生である。『季語別・片山由美子句集』(2003)所収。(今井 聖)




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