June 202011
天井扇ゆっくりリリー・マルレーン花谷 清日本の情景ではないだろう。「リリー・マルレーン」は、もう七十年ほども前のドイツのヒット曲。兵営の門の前にある街灯の下で、恋人に逢いたいという兵士の気持ちがこめられた歌だ。これを第二次世界大戦の欧州戦線でドイツ軍が謀略放送で毎日定期的に流したところ、相手側のイギリス軍兵士にも大きな人気を呼び、あわてた英軍司令部が聞くことを禁じたというエピソードが残っている。作者はこれを、ヨーロッパのどこかの古びたレストランのような店で耳にしたのだろう。昔の若き兵士たちの純情をいやが上にも盛り上げる甘やかでどこか寂しいメロディーが、天井でゆっくり回っている扇風機の無機的な回転音とないまぜになったとき、心に浮かんでくるのは戦争の限りない空しさであろうか。私も若いときに、この歌をミュンヘンの古いレストランで楽士に弾いてもらったことがある。つわものどもの夢の歌。思いはやはり戦争の無情であり、無常であった。この曲を聴きたい方は、ここをクリックしてください。1939年版とあるので、おそらくこれがオリジナル曲でしょう。『森は聖堂』(2011)所収。(清水哲男) July 072011 帰省地へ星降る河を渡りけり花谷 清ウキペディアの情報によると、7月は国土交通省が決めた河川愛護月間だそうだ。7月7日の七夕のイメージから決められのだろう。歳時記では七夕は秋の季語に入っているが、小学校や幼稚園ではこの日に短冊に願い事をかいて笹につるすのが恒例だった。今でも7月7日になると今夜は星が見えるかな、と天気が気になる。掲句の「星降る河」にはゴッホの絵のように満天の星灯りが川面に突き刺さっているかもしれない。その河を渡りきったら懐かしい故郷の土地だ。故郷の家では草取りや家の修理だの、といった雑用が待っていてゆっくりできないかもしれないが、帰省地へ着く直前の待ち遠しいような、懐かしいような気持ちはよくわかる。あの道、あの橋を渡ってもうすぐ家にたどり着く。その心持ちは一年に一度の逢瀬と似ている気がする。『森は聖堂』(2011)所収。(三宅やよい)
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