ム子句

July 0272011

 夕青田見てゐる父のやうな人

                           本宮哲郎

や山を一面の水に映していた植田から青田へ、日一日と育ってゆく苗を、朝な夕な畦に立って見るのだろう。今、夕風は青田風となって、作者の視線の先に立つ人を包んでいる。〈農継いで六十年目種を蒔く〉。作者の御尊父が亡くなられたのが昭和六十三年、この句が詠まれたのは平成十二年。句集のあとがきに「亡くなってから、むしろ父母への思いが深まり、俳句の原風景もふくらんでまいりました」とある。青田に立つ人の後ろ姿は、共に過ごした日々の記憶の断片がふと目の前に現れたようで、亡き人への思いはまた深くなるのだろう。『伊夜日子』(2006)所収。(今井肖子)


July 0972011

 サルビアの真赤な殺し文句かな

                           徳永球石

ルビアの赤はまさに赤、紅ではない。今ちょうど試験の採点に使っているこのサインペンの赤、どことなく郷愁を誘う色である。この赤といい、殺し文句というフレーズといい、ひと昔前の香りがしている。この赤が、真っ赤な嘘、と同じだとすれば、あからさまな、明らかな、という意味合いだ。サルビアの花言葉のひとつは情熱、原産国はブラジル。群生して咲くサルビアの赤は圧倒的ではあるけれど、そんな殺し文句には惹きつけらると言うよりちょっと引いてしまいそうである。『新日本大歳時記 夏』(2000・講談社)所載。(今井肖子)


July 1672011

 子等の声単音となる日の盛

                           長嶺千晶

れを書いている今、まさに日の盛。午前中はマグリットぽい雲がたくさん浮かんでいたのだけれど、今は雲ひとつなく太陽が照りつけている。おそるおそるベランダに出てみたが人通りも風もわずか、自分のため息の音がするばかりだ。掲出句の、単音、という言葉、聞いたことがあるような無いような。辞書を引くと、「(略)連続的な音声を個々に区切られる諸部分に分解して得られる最小の単位。汗(あせ)は〔a〕〔s〕〔e〕の単音からなる。」(大辞林)とある。なるほど、校庭に公園に元気に響いている子供の声が、炎天下ふっと遠ざかってゆくような、とぎれとぎれになるような気がすることがある、あの感じか。歓声がぱらぱらのアルファベットになって溶けてしまいそうな暑さだ。『夏館』(2003)所収。(今井肖子)


July 2372011

 パスポート軽く大暑の地を離る

                           高勢祥子

日のカレンダーに、大暑、とあり暑さが増す。そんな中、なんともうらやましい一句である。パスポート軽く、に惹かれたが、くどくど説明するとせっかくの旅心が台無しになりそうだ。他に〈河童忌やセーヌに足を投げ出して〉〈とり鳴くをふらんす語とも水涼し〉とあるので行き先が想像されるが、セーヌのほとりで芥川を思っている作者は、たくさんの旅の思い出を俳句と共に大切にしまっていることだろう。写真より鮮明に一瞬がよみがえる、そんなこともある俳句である。合同作品集『水の星』(2011)所載。(今井肖子)


July 3072011

 われに鳴く四方の蝉なりしづかなり

                           長谷川素逝

けば鳴いたでやかましい蝉だが、今年のようになかなか鳴かないとなんとなく物足りない。家居の初蝉は今週火曜日、かすかな朝のミンミン蝉だったが、その前に出かけた古寺の境内で聞いたのが今年の初蝉。山裾にあるその寺の蝉の声は、蝉時雨、というほどではなく、空から降りそそいで寺全体を包んでいた。じっとその声を見上げていると、あらためて山寺の境内の広さと涼しさが感じられ、しばらくそこに佇んでいたが、掲出句はその時聞いた遠い蝉声を思い出させる。蝉の存在を親しく感じることで自分の心も自然にとけこんで穏やかになる、そんな印象の一句である。『新日本大歳時記 夏』(2000・講談社)所載。(今井肖子)


August 0682011

 畳より針おどり出ぬ蠅叩

                           齋藤俳小星

元文庫の『現代俳句全集 第一巻』(1953)を読んでいた。八月六日の句に出会えないものか、と思ったのだがなかなかめぐり会えず、それとは別に今や非日常となった季節の言葉を詠んだ句の数々に興味を惹かれた。掲出句の蠅叩、少なくとも都会ではとんと見かけない。子供の頃は、夏とセットだった蠅。蠅取り紙のねばねばや蠅帳は、仄暗い台所の床の黒光りとこれまたセットで思い出される。思いきり叩くと、畳の弾力が蠅を仕留めた実感を伝えるのだが、その勢いで、畳から縫い針が飛び上がったという瞬間、作者の一瞬の表情が見える。針の数を数えなさい、落ちている針を踏んで血管に入ったらあっという間に脳へ行って死んでしまうのよ・・・そう言われて、子供心に恐かったのを思い出すが、畳に落ちた針は、特に畳の目にはまってしまうとなかなか見つからない。ちなみに、作者の俳号、俳小星(はいしょうせい)は、「はい、小生」、という名告りの語呂合わせだとか。〈灯を消せば礫とび来ぬ瓜番屋〉〈家の中絹糸草の露もてる〉(今井肖子)


August 1382011

 朝顔の前で小さくあくびする

                           岸田祐子

が家には門がなく、玄関の前に目隠し代わりの木製のフェンスがある。その内側に母が先日、買い求めてきた朝顔の鉢を三つ置いた。蔓を絡ませるにはフェンスの一本一本が太すぎるのでは、と思ったが今や器用に絡んで毎朝咲いている。いわゆる団十郎というのだろうか、茶色がかった渋い赤に白い縁取りの花が気に入っているが、赤紫も藍色も、あらためて見ると風情のある花だ。早朝、朝顔の鉢の前にしゃがみこんでいくつ咲いているか数えたり、しぼんでしまった花殻で色水を作ったりしたことをふと思い出させるこの句。何の説明も理屈もなく、朝の空気に包まれた穏やかな風景がそこにある。「花鳥諷詠」(2011年3月号)所載。(今井肖子)


August 2082011

 花火舟音なく岸を離れけり

                           九鬼あきゑ

から花火を見たことはあるが、舟から見た経験は残念ながら無い。大きい納涼船でビール片手にわいわいがやがや、それはそれで楽しかったが。この句は「花火舟」と題された十句作品のうちの一句で他に〈船頭の黙深かりき花火の夜〉〈誰もみな海に手を入れ花火待つ〉など。舟の軋む音、波の音、耳元の風音や人の声。花火を待つ間の静かな時間がこの句から始まっている。空に海に大輪の花火が消える一瞬が、天に届けとばかりに響く音と共に、読み手の中に蘇る。『俳壇』(2011年9月号)所載。(今井肖子)


August 2782011

 古稀の杖つけば新涼集まれる

                           竹下陶子

週末、一雨に新涼を実感した。週が明けてからは再び残暑の毎日だが、法師蝉が夏休みの終わりを告げている。掲出句、作者にとっては、新涼の風を感じるといった、ふとした感覚ではなく、新涼がまさに集まってきたのだ。この句の二年前の作に〈   新涼やギプス軽き日重たき日〉とあり、リハビリを経てこの年は暑い間は大事をとって家居されていたのだろう。杖をついての外出も初めてか、そこにはためらいもあったに違いない。人生七十古来稀、まあ致し方なしというところか、と外に一歩を踏み出した時の作者の静かな中にも深い感動が、新涼の風と共に伝わってくる。『竹下陶子句集』(2011)所収。(今井肖子)


September 0392011

 あきかぜのなかの周回おくれかな

                           しなだしん

という漢字は、稲の実り、太陽などを表しているという。いわゆる実りの秋ということだが、一方で、もの思う秋というイメージもある。虚子編歳時記には、春愁、はあるが、秋思、はなく、その理由は「秋にもの思うというのはあたりまえなので、取り立てて季題にすることはないと思われたのでは」とのことだ。昨年改訂された『ホトトギス新歳時記 稲畑汀子編』には、秋思、が新季題として加えられたのだが、歳時記委員会でやはり最後まで議論の対象となった。掲出句、秋風、と書くと、秋という漢字からうけるもの寂しさのようなものが、風と周回遅れの足取りを重くする。あきかぜ、と書くと、風は一気に透明になり、日差しの中に明るいグラウンドの光景が浮かんでくる。季感の固定概念に囚われやすい私のような読者の視界を広げてくれる句だな、と思う。『夜明』(2008)所収。(今井肖子)


September 1092011

 同じ月見てゐる亀と兎かな

                           天野小石

曜日の夜の月は、兎の耳だけをのぞかせていよいよふっくらとして来た十日の月だった。この句の月は仲秋のくっきりとした名月、今年は十二日の月曜日が十五夜で満月でもある。四季折々友人と、いい月が出ています、というメールをやりとりすることがある。それが今別れたばかりの人でも、しばらく会っていない人でも、同じ月を見ているという、その時のほんのりとした距離感は変わらない。ウサギとカメ、といえば寓話の世界では手堅く努力したカメが隙だらけのウサギに勝つわけだが、そんなウサギは月でちゃっかり餅など搗いている。亀と兎の絶妙の組み合わせが、同じ月を見ている時の距離感と感覚を思わせ、誰も彼も月をただただ見てしまうのだ。『花源』(2011)所収。(今井肖子)


September 1792011

 更待ちや階きしませて寝にのぼる

                           稲垣きくの

の間のない我が家では、壁のピクチャーレールに四季折々の軸を掛けている。今月は〈子規逝くや十七日の月明に〉(高濱虚子)。時代により虚子の文字はさまざまな趣を持つがこの軸は、子、十、月、のにじみと残りの九文字の繊細なかすれのバランスが美しい。その軸の前に芒を投げ入れ、朝な夕な月を見ていた一週間だった。今日は更待ち二十日月、月が欠けてゆくというのはこちらの勝手な見方ではあるが、なんとなくしみじみする。掲出句の家には床の間がありそうだ。二階の寝間への階段を一歩一歩上っている、ただそれだけのことながら、磨き込まれた階段の小さく軋む音が、深まる秋を感じさせる。ちなみに、今日の月の出は午後八時四分、歳時記にある亥の刻(午後十時)よりだいぶ早い。国立天文台に問い合わせてみると、月の動きはまことにデリケートなので計算どおりいかなかったり、年によって大きく変わるとのことだった。『新日本大歳時記 秋』(1999・講談社)所載。(今井肖子)


September 2492011

 ぽんとトースト台風は海へ抜け

                           原 雅子

さに台風が駆け抜けた今週だった。台風一過にしては暑さが残ったが、空は秋、翌日早朝の鰯雲に小さな月が漂っていた。文字通り海に抜け、やがて消えてしまう台風だが、あっけらかんと晴れるその感じが、ポップアップトースターの、ぽん、にぴたっと来る。今はオーブントースターが主流だけれど、昔は我が家でもトーストはぽんと飛び出ていた。楽しいし、食パンをトーストすることに特化している分、断然おいしいというポップアップ式。こんがり焼けて飛びだしてきたトーストでなくては、こんな句も生まれない。『束の間』(2011)所収。(今井肖子)


October 01102011

 切れ長の眼をしてゐたり秋の蝶

                           三吉みどり

日たまたま数人で秋の蝶の話をしていた。曰く、秋の蝶って私にとっては紋黄蝶、風には乗らないで漂っている、空中で一瞬止まることがある、等々。それぞれイメージを持っているようだが羽根の色や動きなど、あくまで全体の姿で把握され、その先は凍蝶へ。そんな時掲出句を読み、蝶の顔を思い浮かべてみる。しょぼい三角たれ目の私にとって、切れ長の涼しい目元はまさに憧れだが、複眼である半球のような眼はどうも切れ長とは思えなかった。それなのに句には不思議なリアリティーを感じて、蝶の顔写真をあれこれ探すと、いかに自分が蝶の顔にいい加減なイメージを持っていたか、よくわかった、特に紋白蝶の水色の眼の、色も形も美しいこと・・・この句は、ゐたり、であるから作者は蝶の顔をしみじみ見たのかもしれない。いずれにしても、切れ長の眼が、一瞬で秋の蝶を読者の心に飛ばすのだ。『花の雨』(2011)所収。(今井肖子)


October 08102011

 木犀や木の中はまだ雨が降る

                           八木荘一

が家の朝の窓に金木犀の香りがしたのは、今年は十月一日。植え替えた庭の木は残念ながら昨年同様花をつけないのだが、ご近所のそこここから香ってくる。一雨で、開花して香ることも香りごと散ってしまうこともあるが、ぐっと冷えこんだ雨の中、これを書いている今日もまだよく香っている。先日、どんよりとした空模様の中出かけた庭園に、それはりっぱな金木犀の一樹があった。少し湿った香りを放つその樹に近づいた時急に日差しが広がって、それまでとは違う明るい木犀の風に包まれた。日の中で輝く花とどこか濡れている幹と香り。雨を抱いたまま、やがて木犀も散ってしまう。『季寄せ 草木花』(1981・朝日新聞社)所載。(今井肖子)


October 15102011

 詫状といふもの届きうそ寒し

                           山田弘子

や寒、うそ寒、そぞろ寒、肌寒、秋の寒さはあれこれ微妙だ。『新歳時記 虚子編』(1995・三省堂)には、うそ寒を、やや寒やそぞろ寒と寒さの程度は同じとしながら、「くすぐられるやうな寒さ」とある。背筋がなんだかぞわぞわするような寒さということか。作者は詫状を前にして、複雑な思いでいる。それは決して「わざわざ詫状をお送り下さるほどのことでもないのに、かえって恐縮です」というのでも「まあきちんと謝っていただけばこちらももうそれで」というのでもない。差出人の名前を見て、忘れかけていた不快な思いがよみがえり、読まなくてもどんな文面か想像がついている。私の知る限りでは、明るく親しみやすくさっぱりとしたお人柄だった作者をして、こんな句を詠ませた人は誰だろうと思いながら、むっとしつつうそ寒の一句に仕立てた作者に感心しながら、その笑顔を思い出している。『彩 円虹例句集』(2008)所載。(今井肖子)


October 22102011

 走るやうに父は老いたり花薄荷

                           苑 実耶

がしぶる父を連れて病院へ行ったのは、二年前の十月一日。翌日入院してから、あれほどしっかりしていた頭も含め、全身がぐんと衰えていった。それはさびしいことではあったが、冷静に自分の病状を自己診断したりすることもなくなり、喉が渇いたとか、少し寒いとか、その刹那のことだけを考えるようになっていった。亡くなるまでの病院通いは、十一月二十日まで五十日間。この時期になると、駅のホームで風の音をぼんやりと聞いていたことなど思い出す。そういえば、何十年も走ることなどなかった父だったが、まさに最後の数ヶ月は、走るやうに、終わってしまった。薄荷の花のうすむらさきの香りの透明感が、すこし悲しいけれど静かだったその時の気持ちに寄り添うようで、きっと来年の今頃もこの句を思い出すだろうな、と思っている。『大河』(2011)所収。(今井肖子)


October 29102011

 自動ドア出でて一歩に菊日和

                           阿部慧月

は「晩秋の王花」(虚子編歳時記)とある。先日、菊の花について話題になったのだが、母くらいの年代は、女学校で一人一鉢菊を育てたのだという。きれいに咲かせることを競ったりしたそうで、菊の御紋章に代表されるように、菊は雅で気品ある花であり、他の花とは一線を画す花であるらしい。それに対して私達の年代から下になるとどうしても菊というと、仏の花、のイメージが強いのだ。そういう先入観なしで見れば確かに、菊の白や黄はくっきり鮮やかで、菊日和、という言葉からは、ひんやりとした晩秋の晴れわたった空気が感じられる。そんな時『菊日和』(2005)という句集を本棚で見て手にとった。その中の一句である掲出句、「一歩に」の「に」によって、澄みきった日差しを全身に受けて、まさに菊日和であると実感している作者がそこに立っているのが見える。今週から始まった明治神宮の菊花展(〜11.23)に足を運んでみようかなと思ったりしている。(今井肖子)


November 05112011

 夜學子がのぼり階段のこりをり

                           國弘賢治

しぶりに読みたくなって開いた『賢治句集』(1991)にあったこの句は昭和三十二年、亡くなる二年前、四十五歳の作。夜長というより、夜寒の感じがする句である。深夜の静けさの中、帰宅した夜学生が階段をのぼる足音が聞こえ、やがて扉の閉まる音がしてまた静かになる。足音が消えて元の静けさに戻ったのだが、さっきまで意識していなかった階段の存在が、作者の意識の闇の中に浮かび上がり闇は一層深くなる。眠れない夜の中にいて、作者はやがて消えていく自分を含めた人間の存在に思いをめぐらしていたのだろうか。一生病と共にありながら、俳句によって解放されたと自ら書き残している作者にとって、句作によって昇華されるものが確かにあったのだとあらためて思う。(今井肖子)


November 12112011

 太き尻ざぶんと鴨の降りにけり

                           阿波野青畝

ばたきが聞こえ水しぶきが明るく飛び広がる様が見える。鴨にしてみれば、着いた〜、というところだろうか。ふっくらこじんまりして見える鴨だが、羽根を支える胸筋もさることながら、地上を歩く時左右に振れてユーモラスな尻は確かに立派だ。太き尻、ざぶん、降りにけり、単純だけれど勢いのある言葉が、渡り鳥のたくましさとそれを迎える作者の喜びを表していて気持ちの良い句である。先月、渡ってきたばかりと思われる鴨の一群に遭遇した。そのうちの何羽かは、等間隔に並ぶ細い杭の上に一羽ずつ器用に乗って眠っていたが、その眠りは、冬日向で見かける浮寝鳥のそれとは明らかに違ってびくともしない深さに見えた。初鴨だ、というこちらの思い入れだったかもしれないけれど。『鳥獣虫魚歳時記 秋冬』(2000・朝日新聞社)所載。(今井肖子)


November 19112011

 とほき日の葱の一句の底びかり

                           黒田杏子

五の、底びかり、に惹かれ、まずその葱の一句はどんな句なのだろう、と思った。それから、以前葱農家の方からいただいた箱詰めのそれはそれはりっぱな葱を思い出した。真っ直ぐに真っ白に整然と並んだ太い葱たちは、まな板にのせても切るのがためらわれるほど美しかったのだ。その葱の、大げさでなく神々しいほどの輝きを思い浮かべながら検索してみると〈白葱のひかりの棒をいま刻む〉(黒田杏子)とある。ひかりの棒とはまさにあの時の葱であり、いま刻む、という言葉にはかすかな逡巡が感じられ共感する。遠き日の一句はこの句なのだろうか、いずれにしても、句のことを句に仕立てる、という難しさを越えて光る二つの葱句である。『日光月光』(2010)所収。(今井肖子)


November 26112011

 光る虫あつめて光り花八つ手

                           小島 健

所の緑道にある八つ手の木の前を昨日も通った。それは民家の裏庭の端に植えられていて、宇宙ステーションのような不思議な花の形が緑道にはみ出しており、本当にたくさんの虫が寄ってきている。この時期花が少ないからだと歳時記にあるが、それにしても虫がこんなに好くのだから、よほど蜜がおいしいのだろうかと調べると、小さいながら五弁の白い花の中心の蜜が光って虫を集めるのだという。そして、虻や蜂など黒光りするものが寒い中でも体温が下がらず元気なのでよく飛んでくる、とある。掲出句、花八つ手の白さと、そこに来ている虫が纏う日差し、という二つの光が淡い冬日をじんわりと感じさせ、ほのぬくい余韻が心地よい一句と思う。『小島健句集』(2011)所収。(今井肖子)


December 03122011

 押入をからつぽにして布團干す

                           草野駝王

れを書いている今日は気持ちのよい冬晴れ、この句が生まれた日もきっと今日のような青空が広がっていたことだろう。布団を運んで並べ叩き整え、さてあとはよろしくお日さま、と思う時の満足感が伝わってくる。押し入れは、布団を干したから今はからっぽになったのだが、からっぽにして、と言われるとなお、存分に日を浴びている布団が幸せそうに目に浮かぶ。掲出句は『現代俳句全集』(1953・創元社)という古い文庫本にあった。作者は明治三十四年生まれ、そう知ると、からつぽにして、は新しかったのかもしれないなと思う。ホトトギス作家編(I)として130人ほどの作品が一人概ね30句、淡々と太い句が並んでいる。(今井肖子)


December 10122011

 北風や電飾の鹿向き合うて

                           丹治美佐子

時記を読み直して、冬の初めに吹く北風が凩なのだとあらためて確認。北風は、北から吹くと言っているのでまさに鋭い寒風なのだが、凩は、木枯、と書くとなお、一斉に散る木の葉とむき出しになった枝が見え、より心情的な気がする。この時季あちこちで始まるイルミネーションは、年の瀬を感じさせる現代の風物のひとつだろう。実を言えば個人的には、この動物の電飾がどうもあまり好きになれない。並木道や、いわゆるライトアップも、どこか違和感を感じてしまうのだが、掲出句の場合は、作者の確かな視線に惹かれた。昼間はさびしい針金が、夜になると輝く鹿になってお互いを見つめ合う。北風、というストレートな語が、そんな電飾の鹿の体を吹き抜けて、真冬の街を駆けめぐってゆくようだ。俳誌「秋麗」(2011年10月号)所載。(今井肖子)


December 17122011

 短日のどの折鶴もよく燃える

                           西原天気

れにしてもよく燃えるな、という感じだろうか。千羽鶴を火にくべる背景はいずれにしても哀しいものと思われるが、目の前の火の勢いという現実に、一瞬気をとられたような印象を持った。燃えさかる炎をじっと見ていると、心が昂ぶることも、逆に心が鎮まってくることもあるように思う。そんな作者に、短日の夕日があかあかとさしている。あと一週間足らずで冬至、日の短さをいよいよ実感する頃合となり、なにかと気ぜわしくもある。冬の日差しは遠くて弱いが、日の短さも冬至が底、と思えば少し励まされるような気もする。『けむり』(2011)所収。(今井肖子)


December 24122011

 初雪やリボン逃げ出すかたちして

                           野口る理

が来そうな空の色や空気の匂い、さっきまでとは違う底冷え感には、なんとなくわくわくさせられる。初雪が最初で最後の雪、ということも多い東京にいるからそんな悠長なことを言っていられるのかもしれないが、この句の初雪も、そんな都会の初雪だろう。あ、雪、と見上げているうちに、街のクリスマスプレゼントを包んでいるリボンがするするとほどけて空へ空へ。舞い落ちる淡く白い雪と舞い上がる色とりどりのリボン、たくさんの人がただそれを見ている映像が浮かぶ、渋谷のスクランブル交差点あたり。いつでも逃げだせるリボン、明日は丁寧にほどかれしまわれて、次のチャンスを待つことになるのだろうか。『俳コレ』(2011)所載。(今井肖子)


December 31122011

 極月や父を送るに見積書

                           太田うさぎ

週に続いて『俳コレ』(2011)よりの一句。同じ作者で〈父既に海水パンツ穿く朝餉〉〈ぐんぐんと母のクリームソーダ減る〉とあり、いいなあこのご両親というか親子関係、などと思いながら拝読していたので、この一句は寂しい。近親者を送ったことがある人ならおそらく皆経験したであろう感情が、きっちり俳句になっている。事務的なことをこなしていると、気が紛れたりだんだん実感がわいたりするけれど、波のように間欠的に押し寄せてくる感情は、悲しいのか寂しいのかどこか腹立たしいのか、なんだかうまく言えない。そこをまさに言い得ているのだろう。極月も最後の一日、怒濤の一年がとりあえず終わろうとしている。よい年というのがどんな年なのかわからないけれどやはり、来年はよい年になりますように、と願わずにはいられない。(今井肖子)




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