遠い台風の影響で、東京地方は久しぶりに30度を割り込みそう。(哲




2011ソスN7ソスソス19ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

July 1972011

 蝉しぐれ丹念に選る子安石

                           苑 実耶

州の宇美八幡宮は「宇美=産み」ということで安産の神社で、境内には囲いのなかに氏名を記した手のひらほどの子安石が積まれている。立て札には「安産をお祈りの方はこの石を預かりて帰り、目出度くご出産の後、別の石にお子様の住所、氏名、生年月日をお書きのうえ、前の石と共にお納めくださって成長をお祈りされる習慣となっております」と書かれ、参拝者が自由に持ち帰ることができる。個人情報重視の昨今の時勢からすれば、まったく言語道断ともいえるものかもしれないが、無事生まれてきた赤ちゃんが、これから生まれてくるお腹の赤ちゃんを見守り、引率してくれるという赤ちゃん同士のネットワークのような考え方に感嘆する。また全国の安産祈願のなかには、短くなったロウソクを分けるという習慣もあることを聞いた。火が灯る短い間にお産が済むようにという願いからだという。このような全国に分布するさまざまな安産をめぐる習わしには、出産が生死を分かつ大仕事という背景がある。何十何百の怒鳴りつけるような蝉の鳴き声がこの世の象徴のようでもあり、灼熱の太陽に灼かれた石のより良さそうなものを選る人間らしい健気な仕草を笑う天の声のようにも思える。〈ひとなでの赤子の髪を洗ひけり〉〈泣けば済むさうはいかない葱坊主〉『大河』(2011)所収。(土肥あき子)


July 1872011

 何もなく死は夕焼に諸手つく

                           河原枇杷男

際、死には何もない。かつて物理学者の武谷三男が亡くなったとき、哲学者の黒田寛一が「同志・武谷三男は物質に還った」という書き出しの追悼文を書いた。唯物論者が死のことを「物質に還る」と言うのは普通のことだが、追悼文でそう書かれてあるのははじめて見たので、印象に残っている。そのように、死には何もないと私も思うけれども、自分が死ぬときに意識があるとすれば、何もないとすっぱり思えるかどうか、ときどき不安になることもある。句の作者は唯物論者ではなさそうで、だから西方浄土の方向に輝く夕焼けに埋没していくしかないと、死を冷静にとらえてみせているのだろう。ここには厳密に言えば、何もないのではなくて、夕焼けに抒情する心だけはある。何もないと言いながらも、やはりなおどこかに何かを求めている心があるということだ。すぱっと物質に還るとは思い切れない人の心の惑いというもののありかを、句の本意からは外れてしまうが、つよく思わされた句であった。『昭和俳句選集』(1977)所載。(清水哲男)


July 1772011

 峯雲や朱肉くろずむ村役場

                           土生重次

に明暗のはっきりした句です。色、というものの鮮やかさと、白黒のメリハリ。とにかく絵画を見つめるようにして、読者は句の中に入り込んで行けます。夏の盛りなのでしょう。あぜ道を汗だくになりながら自転車を走らせて来たのでしょうか。村役場に入ってくるその人の背中越しに、雲の峰が空高く盛り上がっています。あんまり明るい外から入ってきたために、役場の中はひどく暗く感じられます。住民票の申込書に必要事項を書き、備え付けの朱肉を見れば、真っ赤なはずなのに、赤がそのまま黒ずんで見えます。あまりに明るい場所から来たせいで、目の機能がおかしくなってしまったのか。あるいは赤という色には、もともとその奥に暗闇がしまわれていて、ふとした瞬間に、その姿を見せてしまっただけなのかもしれません。『新日本大歳時記』(2000・講談社)所載。(松下育男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます