闍代螳溯カ縺ョ句

July 1972011

 蝉しぐれ丹念に選る子安石

                           苑 実耶

州の宇美八幡宮は「宇美=産み」ということで安産の神社で、境内には囲いのなかに氏名を記した手のひらほどの子安石が積まれている。立て札には「安産をお祈りの方はこの石を預かりて帰り、目出度くご出産の後、別の石にお子様の住所、氏名、生年月日をお書きのうえ、前の石と共にお納めくださって成長をお祈りされる習慣となっております」と書かれ、参拝者が自由に持ち帰ることができる。個人情報重視の昨今の時勢からすれば、まったく言語道断ともいえるものかもしれないが、無事生まれてきた赤ちゃんが、これから生まれてくるお腹の赤ちゃんを見守り、引率してくれるという赤ちゃん同士のネットワークのような考え方に感嘆する。また全国の安産祈願のなかには、短くなったロウソクを分けるという習慣もあることを聞いた。火が灯る短い間にお産が済むようにという願いからだという。このような全国に分布するさまざまな安産をめぐる習わしには、出産が生死を分かつ大仕事という背景がある。何十何百の怒鳴りつけるような蝉の鳴き声がこの世の象徴のようでもあり、灼熱の太陽に灼かれた石のより良さそうなものを選る人間らしい健気な仕草を笑う天の声のようにも思える。〈ひとなでの赤子の髪を洗ひけり〉〈泣けば済むさうはいかない葱坊主〉『大河』(2011)所収。(土肥あき子)


October 22102011

 走るやうに父は老いたり花薄荷

                           苑 実耶

がしぶる父を連れて病院へ行ったのは、二年前の十月一日。翌日入院してから、あれほどしっかりしていた頭も含め、全身がぐんと衰えていった。それはさびしいことではあったが、冷静に自分の病状を自己診断したりすることもなくなり、喉が渇いたとか、少し寒いとか、その刹那のことだけを考えるようになっていった。亡くなるまでの病院通いは、十一月二十日まで五十日間。この時期になると、駅のホームで風の音をぼんやりと聞いていたことなど思い出す。そういえば、何十年も走ることなどなかった父だったが、まさに最後の数ヶ月は、走るやうに、終わってしまった。薄荷の花のうすむらさきの香りの透明感が、すこし悲しいけれど静かだったその時の気持ちに寄り添うようで、きっと来年の今頃もこの句を思い出すだろうな、と思っている。『大河』(2011)所収。(今井肖子)




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