正午、テレビの地上波アナログ放送が東北3県を除いて終了。(哲




2011N724句(前日までの二句を含む)

July 2472011

 地下深き駅構内の氷旗

                           福田甲子雄

の句をはじめて読んだ時には、東京駅近くの地下街を思い出しました。でも句は、「駅構内の」と明確に言っています。勝手に読み違えていたのに、なんだか抱いていた印象が失われてしまったようで、さびしくなります。でも、読み違えを正してから読みなおしてみても、やはり印象の深い句に違いはありません。この句の魅力は、物が、当然あるべき場所ではないところにある、その意外性にあります。氷旗といえば、炎天下の道に、入道雲の盛り上がった空に向かって立っているのが普通です。しかしこの句では、空もない、風もない、強い日差しもない場所に、ただ立てられているというのです。視覚的な逆説、とでも言えるでしょうか。もちろん通りすがりに構内の氷旗を見た人の頭の中には、そこから大きな夏の空が広がってきてはいるのです。この句を読んだ人たちの想像の中にも、きちんと夏雲が盛り上がってきているように。『新日本大歳時記』(2000・講談社) 所載。(松下育男)


July 2372011

 パスポート軽く大暑の地を離る

                           高勢祥子

日のカレンダーに、大暑、とあり暑さが増す。そんな中、なんともうらやましい一句である。パスポート軽く、に惹かれたが、くどくど説明するとせっかくの旅心が台無しになりそうだ。他に〈河童忌やセーヌに足を投げ出して〉〈とり鳴くをふらんす語とも水涼し〉とあるので行き先が想像されるが、セーヌのほとりで芥川を思っている作者は、たくさんの旅の思い出を俳句と共に大切にしまっていることだろう。写真より鮮明に一瞬がよみがえる、そんなこともある俳句である。合同作品集『水の星』(2011)所載。(今井肖子)


July 2272011

 灯すや文字の驚く夜の秋

                           坊城俊樹

想新鮮。灯を点けたら文字が驚いた。この「や」は切れ字だが、何々するや否やの「や」でもある。作者は虚子の曾孫。作風もまた虚子正系を以って任じ「花鳥諷詠」の真骨頂を目指す。僕は俊樹作品から諧謔、洒脱、諷詠、風狂といった「俳句趣味」を感じたことがない。守旧的趣きの季語やら情緒やらを掘り起こしそれを現代の眼で洗い直してリサイクルさせようとする姿勢を感じるものである。たとえばこの一句のように。『零』(1998)所収。(今井 聖)




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