August 302011
蟻地獄蟻を落して見届けず
延寿寺富美
蟻地獄は薄羽蜉蝣(ウスバカゲロウ)の幼虫地面に作る漏斗状の巣穴である。ここに足を取られ落ちてきた蟻やだんご虫などの小さな昆虫を補食する。縁側の下などにきれいに並んで作られていたことはあっても、その仕掛けの一部始終を見届けたことはない。虫たちは流砂のようにすり鉢の奥へ吸い込まれてしまうのか、それとも落ちかかる虫に飛びかかって巣穴へと引き込むのだろうか。作者は蟻地獄の形状を見て、面白半分に手近の蟻を落してみたものの、すり鉢の斜面を四苦八苦する姿だけ見てその場を去ってしまった。蟻地獄という昆虫に餌を与えた、という行為が、一匹の蟻を地獄に落したと言い換えられるのである。そして、なおかつ見届けもせず立ち去るという仕打ちが一層残虐に響いてくる。しかし、取り立てて書いてみれば残酷めいて映るが、このような行為は過去を振り返れば誰でも経験があることではないのか。だからこそ、あえてその通りに詠んだことで、掲句に一種の爽快感すら覚えるのである。すり鉢の奥には一体どのような世界が広がっているか。かくして、地獄という名を負う虫は、薄羽蜉蝣へと羽化する。地獄から一転、はかなさ極まる名に変わったのちの命は、数時間から数日だという。〈ふるさとは南にありし天の川〉〈大旦神は海より来たりけり〉『大旦』(2011)所収。(土肥あき子)
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