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October 18102011

 補陀落も奈落もあらむ虫の闇

                           根岸善雄

陀落(ふだらく)とは、観音が住むといわれるインドの南海岸にある八角形の山。この山の華樹は光明を放つとも、芳香を放つともいい、観音の浄土として崇拝されてきた。一方、奈落とは地獄である。掲句で使用されている「虫の闇」は、虫の音とともに、鳴き声を発している空間に注目している季語である。風の音や虫の音に秋のあわれを感じる寂寥の気持ちに加え、暗闇から響くものが命の限りの絶唱であることへの戦慄も含まれる。虫の声は高くなり低くなり、あるときはぴたりと止み、また堰を切ったように湧き返る。この息づく闇に、地獄と極楽を見てしまった作者も、感傷的になるより、ふと怖れを感じたのだと思う。先日、夜の上野公園を横切ったとき、耳を覆うほどの虫の声に包囲された。人間の気配にひるむことなく、近寄ればかえって力強く鳴き始めるものさえいたようだ。しかし、来週あたりには、同じ場所はただの暗闇となり、ひっそりと静まりかえっていることだろう。あれほどの声の主たちの骸はどこにも見当たらぬまま。〈星合の夜や海盤車(ひとで)らは眠れるか〉〈雪吊を解きし荒縄焚きにけり〉『光響』(2011)所収。(土肥あき子)




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