ホ拭~句

October 26102011

 灯を消して雨月の黄菊我も嗅がむ

                           北原白秋

書に「秋成よ」とある。言うまでもなく、上田秋成の「雨月物語」を指している。「雨月」とは名月の夜のはずなのに、雨が降ったりして月を見ることができないこと。「雨名月」「雨の月」などの傍題がある。「雨」と「月」の取り合わせが、きれいに決まりすぎているような季語。句意はそのままでむずかしくはない、単純な情景である。ただ、視覚を捨て去って嗅覚だけを研ぎすましているところがミソ。今夜は雨月を眺めようがないから、あかりを消し嗅覚におのれを集中して、黄菊の香を楽しもうというわけ。「我(あ)も」とあるところから、菊の香を嗅いでいるのは、どうやら自分ひとりだけではなさそうだ。酒の香もほんのりまじっているのかもしれない。薄暗い闇のなかにありながら気品のある華やかさが漂っていて、いかにも白秋らしい世界ではないか。昼となく夜となくそこかしこ過剰な光があふれ、かまびすしい音声が蔓延している私たちの日常にあって、しばしの時間を嗅覚のみで過ごす風情は好ましい。石川淳の句に「あまつさへ湖の香さそふ雨月かな」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




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