「迎撃」とは「攻撃」に対して使う言葉だ。煽らないでほしいな。(哲




2012蟷エ4譛13譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

April 1342012

 落日の目つぶし鏡拭く沖縄

                           隈 治人

縄の落日が目にまぶしい。まぶしさを通り越して目つぶしのような強烈な光線だ。目つぶしで一端切る。鏡を拭くのは拭いても拭いても鏡から消えない沖縄の存在感を言っている。「目つぶし」がこの句の核。沖縄がテーマのようだが実は「目つぶし」の方が強烈な詩語だ。この句の「沖縄」は「目つぶし」がなければ生きてこないが、「目つぶし」の方は「沖縄」が無くても他の言葉とうまくやっていける。そんな気がする。こういう核になる語から探していく作り方もあろう。『感性時代の俳句塾』(1988)所載。(今井 聖)


April 1242012

 エリックのばかばかばかと桜降る

                           太田うさぎ

味もなく面白い、と俳句を表する言葉があるけど、この句はナンセンスでリズムがよくて、可愛くて面白い。東京へ来て「ばか」という言葉に人を見下す視線を感じていた。関西弁で「あほやなぁ」と言われても「ほんと、あほやね」と軽く返せるのに東京言葉で「ばか」と言われるとその冷たさにしばし落ち込む。そんな言葉も「ばかばかばか」と三連発で続けると、女の子が小さなこぶしを振り上げて気のきかない恋人の背中なんかをたたいているようでチャーミングに思える。それに加え「桜降る」なのだから「ばかばかばか」が桜の花びらの舞い散る擬音語のようにも思える。この名前がよくある男名だと妙に現実臭くなるが、「エリック」と嘘っぽい名前に言葉のモードを飛ばしたことでマンガチックな雰囲気を醸し出している。独特の軽みを持つこの作者の句は楽しい。「時速百キロつぎつぎと山笑う」「春深し立てば畳につんのめり」『俳コレ』(2011)所載。(三宅やよい)


April 1142012

 阿部定も昭和も遠き桜哉

                           間村俊一

きなり阿部定である。いわゆる「猟奇事件」として往時の世間を騒がせた、ご存知の事件である。昭和11年5月、愛欲のはてに情夫石田吉蔵を殺害した阿部定は、五年の刑期を終えて出所して社会復帰した。その調書を読んだことがあるけれど、しっかりした女性だと深く胸を打たれるものがあった。小説やいくつかの映画にもなり、関根弘は『阿部定』という詩集さえ刊行している。さて、掲句はもちろん草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」が踏まえられている。もはや「明治」ではなく「昭和」であり、「雪」ではなく「桜」である。「阿部定」「昭和」「桜」の取り合わせは、いかにもヴィヴィッドなこの才人らしくて、お見事。俳人諸家は残念ながら、きっとここまで大胆には詠わないだろう。何かにつけて、「昭和が終わった」とか「戦後が終わった」と巷間しばしば言われるが、あの阿部定を持ち出して昭和を遠ざけ、そこに桜をあしらったあたりは、さすが並の装幀家ではない。「桜」が猟奇的な阿部定事件を熱く浄化しているように感じられて、後味はいい。句集の後記に「絵空事めいた句が多くなつてしまふ」とあるが、俳人でないわれらにとって、そこにこそポイントが潜んでいるのではないか。他に「人妻にうしろまへある夕立かな」がある。『鶴の鬱』(2007)所収。(八木忠栄)




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