初空襲から70年。開戦後わずか四ヶ月で東京は空爆されていた。(哲




2012蟷エ4譛18譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

April 1842012

 貧しさに堪へ来し妻や花菜漬

                           田中冬二

年、日本では「貧しさ」とか「貧困」という言葉はあまり聞かれなくなった。開発途上国の特定の地域を指して使われるくらいか。では、日本は豊かになったのか? 概してそうなのかもしれない。けれども、孤独死や高齢の親子の餓死など、今どき信じられないようなニュースが絶えない。「ワーキングプア」などというイヤな言葉がまかり通る。働く貧困層だって?「貧しさ」は市民社会の物心の日常の奥に、今も依然として生き延びている。その昔(わが少年期でもいい)は現在にくらべて一般に貧しかったが、ゆとりのある人間的な時間がそこには流れていた。貧しさというものとじかに向きあうのは、どこの家庭でも家計をやりくりする主婦だった。男ではなく賢明な妻たちこそ、一様に「ボロは着てても心の錦」とじっと堪えていたのではないか。古き時代、堪えて堪えて堪えた妻たち。「花菜漬」は菜の花のまだ青いつぼみを漬けたもので、その素朴な美味しさは食感も群を抜いている。「貧しさ」にも、それに「堪えて来た妻」にも、春は確かな足どりでやってくる。そんな春を味あわせてくれるのが、素朴な花菜漬の味である。冬二は妻を思いやり、春を実感する。「花菜漬」が句を明るくしめくくっている。『行人』『麦ほこり』などの句集を持つ冬二は「これまで俳句を詩作の側、時にそのデッサンとして試作して来たが、本格的の俳句は生やさしいものでない」と謙虚に述べている。他に「桑の芽のほぐれそめにし朝の雨」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所載。(八木忠栄)


April 1742012

 ひねりつつものの種まく太き指

                           森 俊人

参も大根も、種を初めて見たときは心細いほど小さくて驚いた。その小さい種を、溝にそって一列に蒔いたり、一カ所に数粒ずつ蒔いていく。家庭菜園は収穫が最大の楽しみだが、育てる喜びを味わえることも大きいという。掲句では上五の「ひねりつつ」に作物への愛情が感じられる。ひと粒ひと粒にしっかりと体温を伝えるように、種は大地へと戻される。ふっくらと土に包まれ、たっぷりの太陽の日差しを浴び、ときには恵みの雨を経て種はしっかりと根付いていく。作者は、やわらかな芽吹きや、たわわな収穫の姿をなだらかな黒い土の上に描きながら、太い指先からまるで生み出すように種をこぼすのだ。そういえば、友人から大葉の種がもらったままになっていることを思い出した。栽培カレンダーによると、種まき4月が適当であり、初心者にも育てやすいとある。まずは大葉で、健やかな収穫の喜びを味わってみようかと思う。『自在』(2012)所収。(土肥あき子)


April 1642012

 うぐひすや名もなく川のはじまれる

                           しなだしん

奥に住んでいた子供の頃、春になるとしばしば、もっと山の奥に入ったものだった。主としてワラビやゼンマイを摘むためだったが、それに飽きると、さらに山深く分け入る冒険心がわいてきた。道があるようでないような人っ子一人いない深い山のなかを歩いていると、明るい木漏れ日をいろどるように、あちこちから鴬の鳴き声が聞こえてきて、子供ながらに陶然というか「うっとり」とした気分になってくるのだった。句の作者もまた、そんな気分の中にいるのだろう。耳を澄ませば水の流れる音がしてきて、よく見ると、まだ川とも言えないような小さな流れが見えたのである。作者にはその流れが、近隣の名のある川の源流であることがすぐにわかって、この句が浮かんだのだと思う。末はどんな大河になろうとも、はじまりの流れに名前などはなく、そして永遠に名づけられることもないのである。そんな可憐な流れへのいとおしい思いが、まことに心優しく詠まれている。『隼の胸』(2011)所収。(清水哲男)




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