ダルビッシュ投手は左で投げても130キロは出るという。凄いな。(哲




2012蟷エ4譛19譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

April 1942012

 手をのこしゆく人ありて汐干狩

                           阿部青鞋

干狩は春の大潮の頃に行われることが多いと歳時記にある。小さなシャベル片手にズボンを捲り上げて遠浅の海に入る。海は沖へ遠のき、あちらこちらに腰をかがめて黒い砂土を掘る人たちがいる。これは私が二、三十年前に見た牧歌的風景なのだけど、今頃はどうなのだろう。都会近くの海岸では人・人・人の混雑ぶりで、お土産にビニール入りで販売されている浅利を買って帰るといったところだろうか。掲句は汐干狩の人々が去り、静かな海岸の景色に戻った「汐干狩その後」の印象。それも砂浜に残された手の窪みとか手形ではなくて、貝を掘っていた無数の人々の手が残されている光景を想像してしまう。青鞋の句には身体の部位を「もの」として突き放して扱う句が多い。普段は自分に属するものとして意識しない身体の部位を対象化することで知っているはずの風景に不協和音が生じる。そうして俳句の範疇で囲われた季語も違った音色を奏で始める。〈てのひらをすなどらむかと思ひけり〉〈人の手ととりかへてきしわが手かな〉「現代俳句協会HP」所載。(三宅やよい)


April 1842012

 貧しさに堪へ来し妻や花菜漬

                           田中冬二

年、日本では「貧しさ」とか「貧困」という言葉はあまり聞かれなくなった。開発途上国の特定の地域を指して使われるくらいか。では、日本は豊かになったのか? 概してそうなのかもしれない。けれども、孤独死や高齢の親子の餓死など、今どき信じられないようなニュースが絶えない。「ワーキングプア」などというイヤな言葉がまかり通る。働く貧困層だって?「貧しさ」は市民社会の物心の日常の奥に、今も依然として生き延びている。その昔(わが少年期でもいい)は現在にくらべて一般に貧しかったが、ゆとりのある人間的な時間がそこには流れていた。貧しさというものとじかに向きあうのは、どこの家庭でも家計をやりくりする主婦だった。男ではなく賢明な妻たちこそ、一様に「ボロは着てても心の錦」とじっと堪えていたのではないか。古き時代、堪えて堪えて堪えた妻たち。「花菜漬」は菜の花のまだ青いつぼみを漬けたもので、その素朴な美味しさは食感も群を抜いている。「貧しさ」にも、それに「堪えて来た妻」にも、春は確かな足どりでやってくる。そんな春を味あわせてくれるのが、素朴な花菜漬の味である。冬二は妻を思いやり、春を実感する。「花菜漬」が句を明るくしめくくっている。『行人』『麦ほこり』などの句集を持つ冬二は「これまで俳句を詩作の側、時にそのデッサンとして試作して来たが、本格的の俳句は生やさしいものでない」と謙虚に述べている。他に「桑の芽のほぐれそめにし朝の雨」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所載。(八木忠栄)


April 1742012

 ひねりつつものの種まく太き指

                           森 俊人

参も大根も、種を初めて見たときは心細いほど小さくて驚いた。その小さい種を、溝にそって一列に蒔いたり、一カ所に数粒ずつ蒔いていく。家庭菜園は収穫が最大の楽しみだが、育てる喜びを味わえることも大きいという。掲句では上五の「ひねりつつ」に作物への愛情が感じられる。ひと粒ひと粒にしっかりと体温を伝えるように、種は大地へと戻される。ふっくらと土に包まれ、たっぷりの太陽の日差しを浴び、ときには恵みの雨を経て種はしっかりと根付いていく。作者は、やわらかな芽吹きや、たわわな収穫の姿をなだらかな黒い土の上に描きながら、太い指先からまるで生み出すように種をこぼすのだ。そういえば、友人から大葉の種がもらったままになっていることを思い出した。栽培カレンダーによると、種まき4月が適当であり、初心者にも育てやすいとある。まずは大葉で、健やかな収穫の喜びを味わってみようかと思う。『自在』(2012)所収。(土肥あき子)




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