繧カ句

May 3152012

 銀座にて銀座なつかしソーダ水

                           井上じろ

正時代から昭和にかけて銀座は流行の最先端の町であった。地方都市の駅前繁華街にはその土地々の名前を冠した銀座が続出したという。そういえば転勤先の山口、鹿児島、愛知それぞれの町の銀座商店街を歩いた覚えがある。本家本元の銀座ではいつ行っても華やかな雰囲気にあふれている。電線のない広い空と石畳の舗道にお洒落な店の数々。だけど、私が知っているのはここ10年ばかり銀座で、古きよき銀座の記憶はない。「銀ブラ」という言葉が消えたように、この町を愛した人には外国のブランド店がずらりと並ぶ銀座には違和感があるかもしれない。ソーダ水には「一生の楽しきころのソーダ水」(富安風生)という名句があるが、昔なつかしいソーダ水を飲みながら、「銀座も変わったものね」と年配の婦人が話している様子を想像してしまった。『東京松山』(2012)所収。(三宅やよい)


May 2752014

 抱く犬の鼓動の早き薄暑かな

                           井上じろ

夏の日差しのなかで、愛犬と一緒に駆け回る楽しく健康的なひととき。本能を取り戻した犬の鼻はつやつやと緑の香りを嗅ぎわけるように得意げにうごめき、心から嬉しそうに疾走する。それでもひとたび飼い主が呼び掛ければまっしぐらに戻ってくる。ひたむきな愛情表現を真正面から受け止めるように抱き上げてみれば、薄着になった身体に犬の鼓動がはっきりと伝わってきたのだ。それが一途に駆けてきたことと、飼い主と存分に遊べることの喜びで高鳴っているためだと理解しつつ、思いのほか早く打つ鼓動が、楽しいだけの気分に一点の影を落とす。一生に打つ鼓動はどの動物でも同じ……。この従順な愛すべき家族が意外な早さで大人になってしまう事実に抱きしめる腕に力がこもる。〈たわわなる枇杷ごと家の売り出さる〉〈単身の窓に馴染みの守宮かな〉『東京松山』(2012)所収。(土肥あき子)




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