VL句

July 0472012

 老鶯の声捨ててゆく谷深し

                           新井豊美

は「春告鳥」とも「歌詠鳥」とも呼ばれ、言うまでもなく春の鳥である。しかし、春の頃はまだ啼きはじめだから、声はいまだしの感があってたどたどしい。季節がくだるにしたがって啼きなれて、夏にはその声も鍛えられて美しくなってくる。そうした鶯は「老鶯(おいうぐひす)」とも「残鶯」とも呼ばれて、夏の季語である。谷渡りする鶯だろうか、声を「捨ててゆく」ととらえたところが何ともみごとではないか。美しい声を惜しげもなく緑深い谷あいに「捨てて」、と見立てたところが、さすがに詩人の鋭い感性ならでは。鶯の声は谷あいに涼しげに谺して、いっそう谷を深いものにしている。数年前に鎌倉の谷あいでしきりに聴いた老鶯の声を思い出した。うっとりと身をほぐすようにして、しばし耳傾けていたっけ。(豊美さんの声も品良くきれいだったことを思い出した。)二〇〇九年七月のある句会で特選をとった句だという。同じ時の句「この道をどこまでゆこう合歓の花」も特選をさらった。「鶺鴒通信」夏号(2012)所載。(八木忠栄)




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