ム子句

July 0772012

 人生の輝いてゐる夏帽子

                           深見けん二

の夏帽子は白くて大きく、その主は若く華やかな女性、こぼれんばかりの笑顔がまぶしいのだ、と一人が言った。すると、いやいや、この夏帽子は麦わら帽かピケ帽でかぶっているのは少年、希望に満ちあふれ悩みもなく、明るい未来を信じている今が一番幸せなのだ、と別の誰か。さらに、いやこの夏帽子の主は落ち着いた奥様風の女性、上品な帽子がよく似合っていて、いろいろあったけれど今が幸せ、という雰囲気が感じられるのだ、と言う人もいて、夏帽子の印象はさまざまだった。たまたま、作者にお目にかかる機会があり、それとなくうかがうと「人生、という言葉を使いましたからねえ、あまり若くはないかな。まあ、なんとなく今が幸せ、というふうに見えたんですよ」と。作者の眼差しは客観的で、それによって読み手は無意識のうちに、自分の人生の一番輝いている、または、輝いていたと思う姿をそこに見るのかもしれない。俳誌「花鳥来」(2012年夏号)所載。(今井肖子)


July 1472012

 ムームーの中の中腰波になる

                           藤崎幸恵

ームー、個人的にはまさに夏の思い出なのだが、手元の歳時記には見あたらず、『ハワイ歳時記』(1970・博文堂)には、アロハシャツの傍題となっているが例句はない。大辞林に、ハワイの女性が着る、ゆったりした派手な柄の木綿のワンピース、とあるので、民族衣装という位置づけなのだろうか。掲出句のムームーもフラダンスを踊っていて、特に夏でなくてもいいと言われればそうなのだが、絶妙な表現によって、大胆な柄に覆われた女性の腰のなめらかな動きから感じられる波は、やはり真夏の碧い海のものだろう。子供の頃、母の手作りムームーを母娘三人おそろいで着ていた。今思えば丈がやや短く、あっぱっぱとかサンドレスと呼ばれるものだったが、すとんとしたシルエットのそれをみんなムームーと呼んでいて、特にリンゴ体形の母の夏には無くてはならない普段着だったのだ。「異空間」(2011)所収。(今井肖子)


July 2172012

 虹飛んで来たるかといふ合歓の花

                           細見綾子

者はこう書いている。「私は女であるためか、合歓を見ても美人などは連想しない。夢とか、虹とか、そんなものを思い浮かべる。合歓は明るくて、暗い雨の日でも灯るように咲く。合歓が咲くと、その場所が好きになるのだった」以前にも一句引いた句文集『武蔵野歳時記』(1996)は、何度読んでもしみじみ良い。読ませる、とか、巧みという文章ではないのだと思うが、正直で衒いのない書きぶりと、その感性に惹きつけられる。合歓の花を見る、微妙な色合いが美しいなと思う、ここまでは皆同じだが、たいてい、この美しさをどう詠もう、と考えて、そこに美人が出てきたりするわけだが、この作者は即座に、まるで虹が飛んできたようだわ、と思ってそれがぱっと句になる。そして読者は、合歓の花の優しい色合いと、それが咲いていた彼の地を静かに思い出すのだ。(今井肖子)


July 2872012

 炎天のふり返りたる子どもかな

                           藤本美和子

天の句でありながら不思議と、ぎらぎらと暑くてどうしようもないという感覚よりも、ふり返ったその子の背景にいつか見た青空と雲の峰が広がってくるような、なつかしさ感じさせる。切り取られた一瞬から遠い風景が思い起こされるのは、炎天の、の軽い切れのためか、ふり返る、という言葉のためか、夏という季節そのもののせいなのか。同じ作者に〈炎天のかげりきたれる辻回し〉という祇園祭を詠んだ句もあり、こちらはまさに酷熱の日中の空、昨年訪れた祇園祭の熱気と活気を思い出させる。いずれの句にも、確かな視線から生まれた饒舌でない投げかけが、余韻となってじんわりと広がってくるのを感じる。『藤本美和子句集』(2012)所収。(今井肖子)


August 0482012

 素晴らしき夕焼よ飛んでゆく時間

                           嶋田摩耶子

和三十四年、作者三十一歳の時の作。星野立子を囲む若手句会、笹子会の合同句集『笹子句集 第二』(1971)の摩耶子作品五十句の最初の一句である。時間が飛んでゆくとは、と考えてしまうとわからなくなる、圧倒的な夕焼けを前にして何も言えない、でも何か言いたい、そう思いながら思わず両手を広げて叫んでしまったようなそんな印象である。さらに若い頃には〈月見草開くところを見なかつた〉〈地震かやお風呂場にゐて裸なり〉など、いずれも夏の稽古会での作。そしてその後も自由な発想を持ち続けていた作者だが先月、生まれ育った北海道の地で療養の末帰らぬ人となった。華やかな笑顔が思い出される。〈子を寝かし摩耶子となりてオーバー著る〉(今井肖子)


August 1182012

 さざなみの形に残る桃の皮

                           金子 敦

本古来の桃の実は小粒で、産毛が密生していて毛桃と呼ばれ〈苦桃に戀せじものと思ひける〉(高濱虚子)などと詠まれているが現在、桃といえば白桃、色といい形といい、はにかむように優しく、甘くてみずみずしい果実の代表だ。その皮は、実が少し硬めだと果物ナイフで、熟していると指ですうっとはがすように剥けるが、この句の場合はナイフで剥いたのだろう。皮の薄さとところどころに残る果実の水気で、林檎や梨とは違う静けさを持って横たわる皮、そこにさざなみの形を見る感覚は、桃の果実同様みずみずしい。〈無花果の中に微細な星あまた〉〈なんでもないなんでもないと蜜柑むく〉など果物をはじめ、食べ物の佳句が印象的な句集『乗船券』(2012)より。(今井肖子)


August 1882012

 ひらきたる花火へ開きゆく花火

                           岩垣子鹿

らきたる、は散りかけていて、開きゆく、は今まさに大輪。開きゆく花火、と読んでいる時には、ひらいた花火ははらはら散っている。縦書きの方がさらに感じが出るだろう。いずれにしても、ひらがなと漢字の視覚的効果の違いによって、花火そのものの有り様がとらえられている。さらにその二つの花火を、へ、がつなぐことで、瞬間の時間差も体感できる仕組みである。奈良県生まれ、戦後まもなく奈良医大俳句会で俳句と出会ったという作者の、最初で最後の句集『やまと』(2006)は〈もののけの遊ぶ吉野の春の月〉の一句で締めくくられている。(今井肖子)


August 2582012

 蜩やどこにも行けぬ観覧車

                           輿梠 隆

周して戻ってくるだけの乗り物、観覧車。同じ一周でも縦に回ると、空に近づいて戻って来る分、結局どこにも行けない、という気分になるのだろうか。ただ、蜩のかなかなかなという音色は、観覧車にまとわりつく感傷よりくっきりとして、淋しい。そう思うと、ただそこで回るばかりの観覧車自身がどこにも行けないなのか、という気がしてくる。先日横浜で水上バスから見た、意外にうすっぺらいその横顔?を思い出しながら、今日もあちこちでただただゆっくり動いている大小さまざまな観覧車を思い浮かべている。『背番号』(2011)所収。(今井肖子)


September 0192012

 無用のことせぬ妻をりて秋暑し

                           星野麥丘人

月はまだ仕方ないとして、九月になるともうそろそろ勘弁してほしい、と思う残暑、今年はまた一段と厳しい。朝晩凌ぎやすくなってきたとはいっても、ひと夏の疲れが溜まった身にはこたえるものだがそんな日中、暑い暑いと言うでもなく、気がつけば少し離れてじっと座って小さい手仕事などしている妻。無用なことをしてばたばたと動き回っている方がよほど暑苦しいわけだが、逆にじっとしているさまが、残る暑さのじんわりとした感じをうつし出している。おい、と言いかけるけれど、ご自分でできることはなさって下さいな光線が出ているのかもしれない。麦茶の一杯でも、と厨に立つ作者の後ろ姿も浮かんでくるようだ。『新日本大歳時記・秋』(1999・講談社)。(今井肖子)


September 0892012

 天国はもう秋ですかお父さん

                           塚原 彩

年のこと、ちょっとぐっと来ちゃったんですよ、と言って知人が教えてくれた。「授業 俳句を読む、俳句を作る」(2011・厚徳社)という本の表紙に書かれたこの句に惹かれて思わず買ってしまったという。検索してみると新聞にも取り上げられた有名句とのこと、その素直さが人の心を打つのだろう、一度聞いたら忘れられない。ただ句に対する印象は、時間が経つにつれ変わってきた。初めは、お父さん、という呼びかけが切なく感じられたのだが、だんだん静かで平穏な響きをもつようになってきたのだ。あらためて考えると、もう、という言葉に一番ぴったりくる季節は確かに秋、さびしいというよりしみじみというところか。青さの増してきた空一面にひろがる鰯雲を見上げていた作者は、この句の言葉遣いの折り目正しさそのままに、背筋を伸ばして前を向いて生きていることだろう。(今井肖子)


September 1592012

 秋風や長方形の空っぽで

                           中村十朗

日休暇を終えて東京に戻り久しぶりに街を歩いた時、なんでも四角いなあ、と思ったのを思い出した。人の手で作られたものの形の中に一番多く見られるのが長方形だ。この句の長方形、最初に浮かんだのは空き地。あれ、ここ何が建ってたっけ・・・更地になった空間を前に、記憶を手繰り寄せるが思い出せない、草の花が風に揺れているばかりだ。そう大きくはない喪失感と共に、ただぼんやり吹かれているには秋風がふさわしい。そして、空っぽの長方形はさまざまな想像をかきたてる。何も描かれていない紙、さっきまで何かのっかっていた皿、お湯をぬいてしまったバスタブの底、真っ黒な画面。取り残された長方形は、静かに満たされるのを待っている。俳誌「や」(2012・冬号)所載。(今井肖子)


September 2292012

 夕月の砂山に呼び出されたる

                           佐藤鬼房

日が旧暦八月七日、六日月ということなので、ここ数日の月がいわゆる夕月。ただでさえ夕暮れからしばらくしか見えないが、今年は台風の影響もありここまでなかなか遭遇できなかったのではないか。そんな夕暮れの砂山に呼び出されたのだ、なんだかどきどきする。見渡す限りの砂の上にあるのは二人の影とそれを見下ろす夕月、聞こえるのはひたすらな潮鳴りと、確かな人の息づかいだ。砂山を指で掘ったらまっかに錆びたナイフが埋まっていた、と歌っていたのは石原裕次郎だけれど、覆いつくしているようでいて、いつか風がすべてを晒してしまうかもしれない砂。絶えず動いているその砂の流れの果ては静かに濡れて、しんとした海にも育ちつつある月が漂っていることだろう。「新日本代歳時記 秋」(2000・講談社)所載。(今井肖子)


September 2992012

 月の海箔置くごとく凪ぎにけり

                           三村純也

や遠景、しんと広がる月の海。満ちている一枚の月光の、静かでありながら力を秘めた輝きをじっと見つめている時、箔、の一文字が浮かんできたのだろう。箔の硬質ななめらかさは、塊であった時とは違う光を放っている。句集ではさらに〈一湾に月の変若水(をちみず)凪ぎにけり〉〈月光に憑かれし魚の跳ねにけり〉と続く。変若水、憑、作者と供にだんだん月に魅入られていくような心地である。これを書いている今日、ふくらみかけた月を久しぶりに仰いだ。はじめは雲もないのにどこか潤んでいたが、やがて秋の月らしく澄んできた十日月だった。週末の天気予報はあまり芳しくない様子、投げ入れた芒を見ながら月を待っているが、果たして。『蜃気楼』(1998)所収。(今井肖子)


October 06102012

 栗をむくいつしか星の中にをり

                           喜田進次

があまり好きではない。子供の頃延々と栗剥きの手伝いをさせられたからだけでなく、ほの甘さとぼそっとした食感がどうも苦手だ。中華街によく行くけれど、唯一いやなところは、おいしいよ、と言いながら天津甘栗を食べさせようとするところだ。それが今月、二つの句会で「栗」が兼題となり困ったなと思いつつ、とても惹かれた栗の句があったことを思い出した、それが掲出句である。句集拝読の折、秋になったら、と栞を挟んでおいたのだった。読み進めていて、いろいろな意味でふっと立ち止まった一句である。栗から星は、殻や甘皮が散らかって、むかれた栗もまるまるところがって、その中にいることからの発想かもしれない。栗をむくことと星の中にいること、突然時空を超えてしまったかのような飛び方なのだが、それを、いつしか、がつなぐともなく優しくつないで自然な広がりを与えている。これからも毎秋かならず思い出すであろう一句。『進次』(2012)所収。(今井肖子)


October 13102012

 足首を褒められてをりこぼれ萩

                           祐森水香

だ細いだけではなく、アキレス腱がくっきりと美しい足首だろう。こぼれつつ咲く萩の道、作者のやや後ろを歩きながら散り敷く萩に向られていた誰かの視線が、つとその足首に見惚れてしまったというわけだ。スカートの丈はやや長め、裾が揺れ、萩が揺れ、長い髪も揺れ、それらのやわらかいゆらぎと、アキレス腱の繊細な凛々しさの対比が魅力的だ。きれいな足首ですね、と後ろから話しかけられた作者、お綺麗ですね、スタイルがいいですね、などと言われるのには慣れていても、足首をピンポイントで褒められるということはそうは無いことだろう。あらそうですか、ありがとうございます、などと言いながら、ふと感じているその恥じらいに、こぼれ萩、がほんのりと色香を添えている。『月の匣』(2011年12月号)所載。(今井肖子)


October 20102012

 カステラが胃に落ちてゆく昼の秋

                           大野林火

日句会で、昼の秋、という言葉を初めて見た。作者は二十代後半、ラーメンを食べる句だったが、秋という言葉の持つもの淋しさとも爽やかさとも違う、不思議な明るさが印象的だった。掲出句は昭和九年、作者三十歳の作。八十年近い時を経て、同年代の青年が健やかに食べている。秋晴れの真昼間、空が青くて確かにお腹も空きそう、カステラがまた昭和だなあ、などとのんきに思いながら、昭和九年がどんな年だったのかと見ると、不況の中、東北地方大冷害、凶作、室戸台風など災害の多い年だったとある。だとすれば健やかより切実、一切れのふわふわ甘い卵色のカステラが、その日初めて口にした食べ物だったかもしれない。だからこその、胃に落ちてゆく、なのか。なるほどと思いながら、昼の秋、の明るさがどこかしみじみとして来るのだった。『海門』(1939)所収。(今井肖子)


October 27102012

 厠なる客のしはぶき十三夜

                           大橋櫻坡子

(しわぶき)と十三夜、いかにも晩秋を感じさせる。ただでさえ十三夜は、やや欠けていることのもの寂しさと、晩秋の夜の静けさと、多くの情感を合わせ持っている言葉である。そこにしわぶく音が弱々しく聞こえる、というのはあまりに情に流れるのでは、というところを、厠なる客、の具体性がうまくバランスを与えている。厠、という古来の言葉が、歩くと軋みもする日本家屋を思わせ、少し離れたところから聞こえる月の友の咳が、いよいよ澄み渡る夜の大気を感じさせる。今年の名月は、雲の切れ間に垣間見えたり、深夜から明け方ふと気づいたら見えていたり、待ちかまえているところに上ってくるのとはまた違った趣があった。万全でないこともまた好もしい、十三夜を愛でる心持ちもそれと似ているかもしれない。『大橋櫻坡子集』(1994)所収。(今井肖子)


November 03112012

 ゆく秋やふくみて水のやはらかき

                           石橋秀野

起きてまず水をコップ一杯飲むことにしている。ここしばらくは、冷蔵庫で冷やしておいた水を飲んでいたが今朝、蛇口から直接注いで飲んだ。あらためて指先の冷えに気づいて冬が近づいていることを実感したが、中途半端に冷え冷えし始める今頃が一番気が沈む。そんな気分で開いた歳時記にあった掲出句、朝の感覚が蘇った。そうか行く秋か、中途半端で気が沈むなどと勝手な主観である。井戸水なのだろう、口に含んだ瞬間、昨日までとどこか違う気がしたのだ。思ったより冷たく感じなかったのは冷えこんで来たから、という理屈抜きで、ふとした一瞬がなめらかな調べの一句となっている。ひらがなの中の、秋と水、も効果的だ。三十九歳で病没したという作者、『女性俳句集成』(1999・立風書房)には掲出句を挟んで〈ひとり言子は父に似て小六月〉〈朝寒の硯たひらに乾きけり〉とあり、もっと先を見てみたかったとあらためて思う。『図説俳句大歳時記 秋』(1964)所載。(今井肖子)


November 10112012

 鯛焼を割つて小豆をかがやかす

                           市川きつね

っかりしていた。「古志青年部作品集 第一号」(2012年3月)で掲出句を読み、いいなあ、小豆だから秋になったら鑑賞させていただきましょう、と思っているうち、立冬が過ぎてしまった。鯛焼はいつでもあるけれど、なんとなく冬にほかほかを食べたい、という印象なのもうっかりの原因かもしれない、と思って見ていると、歳時記によっては鯛焼が冬季として立っているのもある。逆に、小豆だけでは立ってなく、新小豆のみという歳時記もあるが、ここはかがやく小豆の句として読んだ。子供の頃肌寒くなってくると、母が茹で小豆を作ってくれた。大きなアルミの鍋一杯に煮ると、家中にほの甘い香りが漂ってうれしかったものだ。思えば新小豆が出回る頃だったのだろう。この鯛焼の餡はつぶあん、ほかっと割ると小豆がつやつやと顔を出す。その光景は誰もが一度は目にしたことがあり、割ればかがやく、なのだ。そこを、かがやかす、という使役表現にすることで、割る、という一瞬の動作がいきいきと強調され、一気に湯気が立ちのぼり、小豆がまことに美しくおいしそうなのである。(今井肖子)


November 17112012

 さざんくわや明日には明日を悦べる

                           小池康生

茶花のひたすらな咲きぶりはよく句になっているし、この花を見れば丸く散り敷いている地面に目が行く。とにかく咲き続け散り続ける花、椿に似ているが散り方が違う、そしてどこか椿より物寂しい花。ただ、山茶花とはこういうものだ、という概念を頭に置きながらいくらじっと見続けても、なかなか「観る」には至らないだろう。この句の作者は山茶花の前に立ち、その姿を見ながらこの花の存在を無心で感じとって、何が心に生まれるか、じっと待っていた気がする。咲く、そして散る。それは昨日も今日も明日も、冷たくなってゆく風の中で淡々と続き、今日には今日の、明日には明日の、山茶花の姿がある。悦べる、ににじむ幸せは、生きていることを慈しむ気持ちでもあり、やわらかい心に生まれた一句と思う。『旧の渚』(2012)所収。(今井肖子)


November 24112012

 百の鴨集まる何も決まらざる

                           大島雄作

春日の池のほとりでぼんやりしているのは気持ちがよい。しかしただの日向ぼこりに終わってしまってはやはりいけないか、と鴨の陣に近づいてしばらく見ていると、時々仲間から離れてすねているように見えるのがいたり、大勢で一羽をいじめているように見えたりする。しかしもう少し寒くなると、凩の道を避けた日溜りに、みんなで上手に陣を張って浮き寝している鴨。あのふっくらした姿からは想像もつかないほどの過酷な旅をして生き抜いてきた彼等に、特にリーダーはいないという。鴨の池がありありと見える掲出句だが、すねるのも、いじめるのも、群れれば序列ができて集まっても何も決まらないのも、愚かなヒトの次元の話なのだろう。『大島雄作集』(2012)所収。(今井肖子)


December 01122012

 冬薔薇を揺らしてゐたり未婚の指

                           日下野由季

の薔薇が真紅の大輪の薔薇だとすれば、未婚の指、には凛とした意志の強さが感じられる。やや紅を帯びた淡く静かな一輪だとすれば、その花にふれるともなくふれた自らの左手に視線を向けた作者の、仄かな心のゆらめきや迷いのようなものが感じられる。二十代後半の同年の作に〈降る雪のほのかに青し逢はざる日〉とある。雪を見つめ続けている作者の中に、逢いたい気持ちと共にひたすらほの青い雪が降り積もってゆくようだ。そう考えると、雪のように清らかな白薔薇なのかもしれない、と思ったりもするが、いずれにしても掲出句の、未婚の指、にはっとさせられ、冬の澄んだ気配がその余韻を深めている。『祈りの天』(2007)所収。(今井肖子)


December 08122012

 枯木立ごしに電車の黄色かな

                           小沢薮柑子

の枯れ色の重なる先を、黄色い電車が通り過ぎてゆく。それだけの景なのだが、黄色かな、の措辞がおもしろくちょっととぼけたような印象もある。電車が走っているのは枯木立の続く向こう、やや遠くなのだろう。歩いていると動く物が視界に入り、あ、電車だ、と立ち止まる。色彩の乏しくなってきた風景の中、電車の黄色は冬日に明るさを増し、青空の下でまぶしく見えている。掲出句のある句集『商船旗』(2012)には、黄色かな、の句が〈えにしだの撒き散らしたる黄色かな〉〈無造作の反魂草の黄色かな〉と二句ある。花の黄色と電車の黄色、強い切れである、かな、の印象の違いをあらためて感じさせられた。(今井肖子)


December 15122012

 階段の螺旋の中を牡丹雪

                           齋藤朝比古

雪や思いがけない大雪のニュースがテレビから流れているのを見ていて、数年前の雪の日を思い出した。雪降る中、数人で空を仰いでいたのだがそのうち誰かが、なんだかどんどん昇っていくみたい、と言ったのだった。雪は上から降ってくるのだから相対的に自分が昇っていくように感じるのは当然なのだが、同じように見上げていた私は、逆に雪と一緒にどんどん沈んでいくように感じていた。掲出句の場合、そこに螺旋という動きを感じさせる曲線が加わったことで、また違った感覚になる。普通の階段は、昇っても降りても前へ進むことになるが、螺旋階段はひたすら上へ、または下へ。牡丹雪もひたすら、階段もひたすら、永遠に続く一本の螺旋の中を雪がただただ落ちてゆく、そんな映像も思い浮かんで美しい。合同句集『青炎』(1997)所載。(今井肖子)


December 22122012

 哀歓はとつぜんに来る冬すみれ

                           中村与謝男

しみや喜びは何の前ぶれもなく訪れることが間々あり、またその方が突然であった分、驚きと共に深いものとなる。思いがけない喜びは周囲の人々と共有しながら、あらためてじっくりと味わうこともできるが、突然訪れた悲しみは、己の中にたたみ込んで結局は時が経つのを待つより他はない。哀歓、という言葉は悲しみと喜びを意味するが、掲出句の上五が、哀しみは、であっても、歓びは、であっても、冬すみれらしさに対する先入観が見えてしまいそうである。哀歓は、とすることで、作者の感情と冬すみれの間にほどよい距離感が生まれ、そこにふとただ咲いている冬すみれの存在感に、人生ってそんなものだよな、とつぶやいている作者が見えてくるようだ。『豊受』(2012)所収。(今井肖子)


December 29122012

 好きな人かぞへきれなく日向ぼこ

                           國弘賢治

自由な体で外出もままならなかった作者にとって、日向ぼこりは楽しみのひとつであったことだろう、これを引いた『賢治句集』(1991)にも何句か遺されている。〈ひらきみる手相かゞやく日向ぼこ〉〈ガマグチの中までぬくく日向ぼこ〉いずれも冬の日差しに包まれて心地よい。中でも掲出句、この作者の「好き」は、心からただ好き、であり、そこが好きだ。ちょうど今頃、今年ももうすぐ終わりだなあ、と思いながらあれこれ一年をふり返っているのではないか。そんな時、好きな人が数え切れない、と素直に言えるのが賢治らしい。亡くなる年には〈涙の頬すぐにかわきし日向ぼこ〉もあるが、作者の笑顔が浮かんでくればそれでよい。俳句を始めてから人間について悩み考えることが増えた、などと思っている自分を省みつつ今年最後の一句。(今井肖子)




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