August 132012
画集見る少女さやかに遠ち見たる
伍藤暉之
ど こからか『ゴンドラの唄』(吉井勇作詞)でも聞こえてきそうな句だ。あからさまに告白はしていないが、少年が少女に惹かれた一瞬を詠んでいる。画集に見入っていた少女が、ふと顔を上げて遠く(遠ち<おち>)を見やった。ただそれだけの情景であり、当の少女には無意識の仕種なのだが、そんな何気ない一瞬に惹かれてしまう少年の性とは何だろうか。掲載された句集の夏の部に<姉が送る団扇の風は「それいゆ」調>とあったので、私には句の少女の顔までが浮かんできた。戦後まもなく女性誌「それいゆ」を発行した画家の中原淳一が、ティーン版の「ジュニアそれいゆ」に描きつづけた少女の顔である。これらの少女の顔の特徴は、瞳の焦点が微妙に合っていないところだ。こう指摘したのは漫画家の池田理代子で、「微妙にずれていることによって、どこを見ているのかわからないような神秘的な魅力。瞳の下に更に白目が残っていて、これは遠くを見ている目だ。瞳が人間の心を捉えるという法則をよくご存知だったのではないか」と述べている。つまり句の作者もまたおそらくは「焦点のずれ」に引き込まれているわけだ。少女に言わせれば「誤解」もはなはだしいということになるのだろうが、こうした誤解があってこその人生ではないか。誤解バンザイである。『PAISA』(2012)所収。(清水哲男)
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