また雨か。通勤の皆さん、ご苦労さん。一雨ごとに冬が近づく…。(哲




2012ソスN11ソスソス26ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 26112012

 葱提げて急くことのなく急きゐたり

                           山尾玉藻

活習慣というか習い性というものは、一度身についたら、なかなか離れてはくれない。作者は、いつものように夕餉のために葱などを買い、少し暗くなりかけた道をいつものように急ぎ足で家路をたどっている。が、本当はべつに急ぐことはないのである。夕食を共にする人はいないのだから、自分の都合の良い時間に支度をすればよいのだ。なのに、つい腹を空かせた人が待っている頃の感覚のほうが優先してしまい、べつに急(せ)くこともないのに急いている自分に苦笑してしまっている。場面は違うとしても、この種のことに思い当たる人は少なくないだろう。この句からだけではこれくらいのことしか読めないが、実は作者の夫君(俳人・岡本高明氏)がこの夏に亡くなったことを知っている読者には、この苦笑を単なる苦笑の域にとどまらせてはおけない気持ちになる。苦笑の奥に、喪失感から来る悲哀の情が濃く浮き上がってくる。岡本高明氏の句に「とろろ汁すすり泪すことのあり」があるが、作者の別の句には「葱雑炊なんぞに涙することも」がある。「俳句界」(2012年12月号)所載。(清水哲男)


November 25112012

 海暮れて鴨のこゑほのかに白し

                           松尾芭蕉

享元年(1684)旧十二月中旬。『野ざらし紀行』の旅中、尾張熱田の門人たちと冬の海を見ようと舟を出した時の句です。この句の評釈をいくつか読んできた中に、『「鴨の声が白い」と、音を色彩で表現しているところに新しさがある』という考察があります。現在注目されている視覚と聴覚の共感覚を援用する考え方もあり、ナルホド、と一応理解はできるのですが腑に落ちません。まず、「鴨の声が白い」ということがわかりませんし、そう解釈するなら、中句と下句が主語と述語の関係になり、五・五・七の破格が凡庸になります。むしろ、五・五・七には必然性があり、舟を出して詠んでいるその実情に即して読みたいです。「海暮れてほのかに白し鴨のこゑ」ではなく、「海暮れて鴨のこゑほのかに白し」にした理由は、時系列の必然性にあるのではないでしょうか。港から舟をこぎ出すほどにだんだん海は暮れてきて、遠方は闇の中に沈んでゆく。すると、沖の方から鴨の声が聞こえてきた。その声の主の方を凝視していると、暗闇に目が慣れてきて、「ほのかに」白いものが見える。あれは、翼か雲か幽かな光か。「こゑ」を聞いたあとに、しばらく目が慣れるための時間が必要であり、目で音源を探っている、その、時の経過を形容動詞「ほのかに」で示しているように思います。このように読むと、嘱目の句であり、五・五・七の破格にも必然性が出てくると思うのですがいかがでしょうか。なお、世阿弥は『花鏡』の中で、「幽玄」とは、藤原定家の「駒止めて袖打ち払ふ陰も無し佐野の渡の雪の夕暮」にあると説いています。この歌には「幽玄」の三要素が描かれているように思われます。それは、輪郭が曖昧で、奥行きのある、白黒の世界ということです。雪が降っている夕暮れなので色彩は白黒で輪郭が曖昧になり、川の渡しですから奥行きもあります。掲句の芭蕉は、幽玄という中世の美意識を念頭に置いていたかどうか、定かではありません。それでも、「海暮れて鴨のこゑほのかに白し」は、奥行きのある輪郭が曖昧な白黒の世界を、鴨の声が気づかせてくれています。『芭蕉全句集』(講談社)所収。(小笠原高志)


November 24112012

 百の鴨集まる何も決まらざる

                           大島雄作

春日の池のほとりでぼんやりしているのは気持ちがよい。しかしただの日向ぼこりに終わってしまってはやはりいけないか、と鴨の陣に近づいてしばらく見ていると、時々仲間から離れてすねているように見えるのがいたり、大勢で一羽をいじめているように見えたりする。しかしもう少し寒くなると、凩の道を避けた日溜りに、みんなで上手に陣を張って浮き寝している鴨。あのふっくらした姿からは想像もつかないほどの過酷な旅をして生き抜いてきた彼等に、特にリーダーはいないという。鴨の池がありありと見える掲出句だが、すねるのも、いじめるのも、群れれば序列ができて集まっても何も決まらないのも、愚かなヒトの次元の話なのだろう。『大島雄作集』(2012)所収。(今井肖子)




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