闕蛾主ソ蟷ウ縺ョ句

January 0912013

 日の暮れて羽子板をはむ犬のあり

                           草野心平

子板市は十二月だが、羽子板は新年のもの。もともと「胡鬼(こぎ)板」と呼ばれていたものが、室町時代から羽子板と呼ばれるようになったという。おもしろいことに、羽根をつくのは幼児が蚊に食われないためのおまじないだったそうだ。江戸期から役者の押し絵を貼った高価なものが出まわるようになった。雪国の子どもだった私などにとって、正月の羽根つきやコマ回し、凧あげなどはとても信じられない絵空ごとだった。一日中、羽根つきで遊んでいた子どもも、日暮れ時にはさすがにくたびれ飽いて家に帰ってしまったのだろうか。庭か空地に置いたままになっている羽子板に、犬が寄ってきて舐めたりかじったりして戯れている光景。それを心平はきっと、正月の酒に昼からほろ酔いの状態で見るともなく見て、微笑んでいるのだろう。酔ったときの心平さんのうれしげな表情が見えるようだ。才人だった心平に意外や俳句は少ないようで、『文人俳句歳時記』(1969)にはこの一句しか収録されていない。木山捷平の句に「誰かいな羽子板が生垣においてある」がある。詩人の俳句はいずれもさりげないというか、気負いがない。「羽子板の役者の顔はみな長し」(青邨)。なるほど。(八木忠栄)




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