March 122013
春昼の口のあかない貝ふたつ
滝本結女
貝の砂抜きは3%の食塩水に数時間浸しておく。密閉しない程度に蓋をして暗くしておく。夜中に砂抜きしているシジミに「ドレモコレモミンナクッテヤル」という鬼ババの笑いを浮かべた石垣りんは、おそらく暗闇のなかでシジミのうごめく様子に、わずかな戦慄を覚えたのだと思うが、個人的には、チューチュー音を立てたり、ぴゅっと水を吐いたり、にょろにょろと舌を出したり、固く閉まった貝たちがほどけていく様子を覗き見するのは時間を忘れるほど楽しい。掲句はその後の調理した貝の姿であろう。加熱後、口が開かないのは「元から死んでいた貝だから食べてはいけない」と教わったけれど、まるでこのふたつがぼんやり昼寝でもしているように見えてくる。作者も、すぐさま取り除くことはしないで、そのうち開くんじゃないか、とのんきに眺めている様子もある。春の昼餉のひとときは穏やかに過ぎていく。そうそう、あまりの可愛らしさにこちらも(^^)〈豚の子の白き睫毛に春来たり〉『松山ミクロン』(2013)所収。(土肥あき子)
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