゚斐しテ子句

April 0142013

 入学式の真中何か落ちる音

                           衣斐しづ子

賓などの祝辞や挨拶がつづくなか、静かな入学式場の真ん中あたりから、いきなり何かが落ちた音がした。一瞬ざわめきのように周囲の空気が揺れて、しかしその後は何事もなかったように、式が進行していく。いったい、何がどんな弾みで落下したのか。しばらく気にしていた作者も、やがてそんなことは忘れてしまう。が、後に入学式のことを思い出すたびに、必ずこの不思議な音も思い出すのだから、すっかり忘れてしまったというわけではない。いや、年月を経るにつれて、だんだん思い出すのはこの音のことばかりになってきた。こういうことは、記憶のメカニズムにはありがちだろう。小学校から大学まで、私も入学式には出席したけれど、式のメインである校歌斉唱や祝辞などは何一つ覚えていない。覚えているのは、記念撮影のときに乗った教壇がいまにも壊れそうに古ぼけていたこととか……。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所収。(清水哲男)




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