September 032013
秋の日に干す沖海女の命綱
桑原立生
海女には「磯海女」と「沖海女」があり、磯海女は比較的浅い海を潜るため一人でも可能だが、沖海女は船で沖に出てからの作業なので、船を操り、合図を送る相手が必要となる。海女は海中の作業のなか、呼吸の限界で浮上の合図を船上へと送り、合図を感じたらパートナーは命綱を一気に引き上げる。20メートルにもなるという命綱を引き上げるには、わずかなタイミングが命取りになるため、命綱の多くは家族が担当するという。文字通り命をつなぐ綱の実物は驚くほど華奢である。透き通るような秋の日差しのなか、干されるなんのへんてつもないロープの名が命綱だと知った瞬間、それはかけがえのないものとなる。へその緒という命綱で母とつながっていた彼方の記憶が、ふと脳裏をよぎる。『寒の水』(2013)所収。(土肥あき子)
October 082013
鹿鳴くや思いの丈といふ長さ
桑原立生
百人一首でおなじみ〈奥山に紅葉ふみわけなく鹿のこゑきく時ぞ秋はかなしき〉にあるように、秋は鹿の繁殖シーズンであり、妻を求める声をあげる。しかし、以前ごく近くで聞いたラッティングコールは、百人一首で想像していたものよりずっと激しいものだった。自然界において愛の成就は、常に縄張りをめぐるたたかいと同時進行していくのだから、求愛の声が猛々しくなるのは仕方ないことだろう。思いの丈とは、恋慕の相手に対する情熱をオブラートに包んだ言葉だ。長々と鳴く鳴き声を「思いの丈」という人間の情になぞらえたとき、鹿は一瞬にして恋する獣として映し出される。歯をむきだしにする野生をひそめ、一頭の妻を求める牡鹿の切ない姿がそこに現れるのだ。〈逆上がりできて木の実をこぼしけり〉〈ねんねこを覗けば見つめ返さるる〉『寒の水』(2013)所収。(土肥あき子)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|