島倉千代子死去。まさに同年齢なので心が痛む。合掌。(哲




2013ソスN11ソスソス9ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 09112013

 白湯一椀しみじみと冬来たりけり

                           草間時彦

起きて水を一杯飲むと良い、という話をしていたら、お湯の方がいいですよ、と言われた。その人は夏は常温、冬でもほどほどに温かいものしか口にしないのだと言う。え、冷たい麦酒は、と思わず聞くと、麦酒の味は好きなんですよ、でも冷やしません、麦酒によっては美味しいんですよ・・・ちょっと調べるとそれは本当だった。さらに、白湯健康法なるものもにも行き当たる。50℃位の白湯を少しずつ啜るのが良いという。掲出句、まさにお椀を両てのひらで包んで、ゆっくりと啜りながら味わっている風情。もちろん、今の私のようにちょこちょこ検索しては生半可な知識を得ているのではなく、体がすこし熱めの白湯を欲してその甘さに、しみじみ冬の到来を実感しているのだ。八冊の句集から三七九句を収めた句集『池畔』(2003)の最後のページには〈年よりが白湯を所望やお元日〉の一句もある。(今井肖子)


November 08112013

 草紅葉縁側のすぐざらざらに

                           波多野爽波

側は、こまめに掃除せず放っておくと、頻繁に上がってくる人のこぼした砂や土埃で、すぐ、汚れてしまう。そのさまを、「ざらざらに」という触覚性リアルな言葉で表現した。日常の光景から、実存の深みまで感じさせてしまうのが、爽波俳句の特色である。荒涼とした手触りの世界の外界には、色づいた秋の草が生々しいまでに、その色彩を訴えかけてくる。『骰子』(1986)所収。(中岡毅雄)


November 07112013

 剃刀の刃が落ちて浮く冬の水

                           田川飛旅子

い剃刀の替刃が冬の水に浮いている。ただそれだけの様子なのだが心に残る。剃刀が落ちて浮くのは「春の水」でも「秋水」や「夏の河」ではなく「冬の水」というのがこの句の眼目なのだろう。「冬の水一枝の影も欺かず」と草田男の有名な句があるが、冬の水は澄んではいるが動きが少なく、水自体は重たい印象だ。掲句では剃刀の刃の鋭さがそのまま冬の空気の冷たさを感じさせる。そして、浮いている剃刀の単なる描写ではなく「落ちて浮く」とした動きの表現で冬の水の鈍重さも同時に伝える、相反する要素を水に浮く剃刀に集中させて詠み、蕭条とした冬そのものを具体化している。『田川飛旅子選句集』(2013)所収。(三宅やよい)




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