November 212013
休日出勤冬木の枝の燦々と
押野 裕
あさっては勤労感謝の日。「勤労を尊び感謝する日」が土曜日と重なっているけど、休日出勤の方もいるかもしれない。皆がのんびりしている休日に電車に乗るといつもは混んでいる時間帯も座れるぐらいすいている。向かいの窓からは冬木の梢が凛と輝いて見える。「休日出勤」と言っても平日に代休がある出勤と普段の仕事が片付かないで休日に出てやるのを余儀なくされるのではだいぶ事情が違う。後者の場合は、下手をすると休みなしで連続して仕事をしないといけないわけで、冬木の枝が輝くのを見ている心持も嬉しいとは言えないだろう。そう思うと「燦々」と輝く冬木と鬱屈した気持ちとの対比がより際立ってくるように思う。『雲の座』(2011)所収。(三宅やよい)
November 202013
ひれ酒や愚痴が自慢にかわるとき
岡田芳べえ
寒さが一段と厳しくなってきた。酒場では「アツカンもう一本!」といった注文が聞かれる時季。しかし、ほんとうは上等な酒は「ヌルカン」で飲むのがおいしいーーと私は信じて実行している。でも、酒場での「アツカン!」の声はいかにも寒さが吹っ飛ぶようで、場が盛りあがる。アツカンを飲むならば、ひれ酒の熱いやつをじっくりぐびりとやりたくなる。あぶったフグのひれのあの香ばしさ。誰がこんなおいしい飲み方を発明してくれたか!と飲むたびに、感謝の気持ちがわいてくる。気のおけない仲間と居酒屋でひれ酒をじっくりやりながら、口をついて出てくるのは景気のいい話題よりも、やっぱり愚痴が多いか。人によっては酔うほどに、いつの間にかそれが自慢話に変わっている、なんてことがある。自慢話はご免蒙りたいけれど、そういう手合いが結構いるんだなあ。「あいつのクセが始まった…」と持てあましながらも、知った仲間であればそれも愛嬌かもしれない。「俳句は自分の句を後になって読み返す楽しみがいちばん大きい。人さまの句はいくらいい句でもそれ以上のものではない」と芳べえは正直に記す。一理あるかもしれない。他に「かくれんぼだれも見つけに来ぬ師走」がある。「毬音」3号(2011)所収。(八木忠栄)
November 192013
冬紅葉海の夕日の差すところ
本宮哲郎
地上の冬紅葉と海に差し込む夕日までには大きな距離があり、そこを波濤がつないでいる。太陽が海に沈む景色は日本海のものであるから、おそらく荒々しい波だろう。それでこそ、冬紅葉の赤さが一層切なく、痛々しく映えるのだ。と、頭では分かっていても、どうも想像が追いつかない。太平洋側で生まれ育った身では太陽は海からのぼり、山へと沈むものだった。当初、夕日が赤々と染める海面の部位を紅葉と直喩されているのかと思った。おそらく穏やかな太平洋側の思考がそう思わせたのだ。きりきりと冷たい冬の日本海を実際に見たいと思いながら、寒さ嫌いゆえ今日まで体験していない。掲句のような寒さゆえに存在する美しさがほかにもたくさんあり、どれも見逃しているのだと思うと心から惜しい。重い腰をあげて今年こそ出かけてみようと思うのだ。『鯰』(2013)所収。(土肥あき子)
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