菜の花のおひたしを食べた。春の味覚に乗って「春」がやってきた。(哲




2014ソスN3ソスソス16ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

March 1632014

 イソホ物語刷る音いづこ春寒し

                           角川源義

句は、第五句集『西行の日』(1975)の中の「天草灘」連作からです。「イソホ物語」=「伊曽保物語」=(イソップ物語)は、文禄2(1593)年、天草の宣教師ハビアンが、ポルトガル語からローマ字表記で訳して出版しました。これは、当時の日本語、とくに口語を研究するうえで第一級の資料を提供しています。国文学者でもある作者は天草の地を訪れ、四世紀前にコレジオ(イエズス会の学校)で印刷されていたその音に耳を傾けています。それが、1596年には秀吉の、1612年には徳川幕府の禁教令によってその音は、完全に絶たれてしまいます。しかし、「伊曽保物語」という本は残り、天草本は現存しています。出版社社長でもあった作者は「刷る音」の気配を探りつつ、「春寒し」で現在に着地しています。なお、明治四十年八月、北原白秋が与謝野鉄幹らと同地を訪れ『邪宗門』が生まれたとあります。「菜の花や天草神父に歌碑たづぬ」。(小笠原高志)


March 1532014

 貝殻に溜れる雨も涅槃かな

                           細見綾子

日は陰暦二月十五日、釈迦入滅の日、涅槃にあたる。数年前の三月の京都、二時間ほどの旅程の隙間にぶらりと入った古いお寺の涅槃図を思い出す。涅槃会で掲げられているのを大勢の人と見るのとはまた違い、薄暗い本堂の奥で一人で見る涅槃図は、信心深いとは言えない身にも大きな何かを感じさせるものだった。掲出句は、明日涅槃、という項にある一句。海岸を散歩していると貝殻に水が溜まっている。それが海水ではなく昨夜の雨水であると気づいたとき、涅槃会の供物「測り知ることのできない大きな広いものへの供物」であると感じたという。それが、雨も、の一語となったのだろう。高々と輝いてた月も涅槃図の中の印象深いものの一つ、今宵そろそろ育ってきた月が眺められるだろうか。『武蔵野歳時記』(1996・東京新聞出版局)所載。(今井肖子)


March 1432014

 吾を容れて羽ばたくごとし春の山

                           波多野爽波

の山は笑うというが、温かなイメージがある。山に登っていくと、まるで、山が羽ばたいているような気がした。この句には、二つの鑑賞のポイントがある。一つ目のポイントは、上五「吾を容れて」という表現。「吾登り」などとしてしまうと、一句のイメージが損なわれてしまう。「容れて」の部分から、山に抱擁されているかのごとき臨場感が生まれてくる。二つ目のポイントは、「羽ばたくごとし」という飛躍した比喩表現にある。春の山が巨大な鳥であるかのように感じさせる。『湯呑』(昭和56年)所収。(中岡毅雄)




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