甲子園。インフルエンザでベンチ入りできない選手が目立つな。(哲




2014ソスN3ソスソス29ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

March 2932014

 春雷や暗き茶の間に妻と客

                           渡邊そてつ

子編歳時記の春雷の項に、柔らかな春にはためくのも趣がある、とあり、はためくは、はたたくと同義で鳴り響くことだという。これが春雷か、と認識したのはかなり前だが、あっと思ってから耳を澄ましていても二度と聞こえなかった記憶がある。何回かここに句を引いている『現代俳句全集』(1954・創元社)の第二巻からの一句、六十年前の現代である。子規、虚子、に始まって、爽波、風生、立子、青邨等々見知った名前は多くはなく、総勢百四十二人がそれぞれ三十句〜七十句余りを載せている。掲出句の作者は医学博士とある。この句は<坂の灯の暗くはあれど初桜 ><日に幾度蔵に用ある梅雨の傘 >に挟まれているので、日常の一瞬の景と思われるが、一句だけを読むとそこに物語めいた不思議な艶が感じられる。これが夏の雷であったらおどろおどろしい気がしてしまう、というのは考えすぎか。(今井肖子)


March 2832014

 こつぽりの高さや地虫出でにけり

                           波多野爽波

っぽりは、裏をくりぬいてある下駄。多く、舞妓や女児が用いる。爽波は、若い頃、祇園で蕩尽していたので、舞妓のイメージで作ったのではあるまいか。こっぽりには、少々、高さがある。その高さまで、冬籠もりをしていた地虫が、出て来たというのである。実際に、地虫がこっぽりの高さまで出たというのは、考えにくい。爽波独特のイマジネーションによる産物だと思う。この句、「こつぽり」の語が触発する艶やかなイメージと、「地虫出でにけり」のユーモラスな感覚が重なり合って、瀟洒な一句となっている。『骰子』(昭和61年)所収。(中岡毅雄)


March 2732014

 さくらさくら坂田利夫のやうな鯉

                           西原天気

っはっは、いるいる。水面にぼおーと丸い口を開けてなにやら愛嬌のある目玉がどこに焦点があっているかわからない感じで餌を待っている鯉の顔、「アホの坂田」と舞台に登場する坂田利夫の顔が二重写しになってクローズアップされる。確かに坂田利夫の底抜けの陽気さはさくら満開の春の雰囲気にぴったり。むかし吉本が今のように東京でもメジャーになる前、関西の深夜の番組で暴れまわっていたのが、坂田利夫と間寛平だった。当時は吉本興業がテレビの中心を席巻するとは夢にも思わなかった。それでも坂田利夫は昔と相変わらずのポジジョンで、池の中から時折浮かび上がってくる風情があっていい感じだ。今年の桜はいつごろが見ごろかな?『はがきハイク』(2013年5月号)所載。(三宅やよい)




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