貔、逕ー邱醍函縺ョ句

May 0452014

 蒲公英の気ままに育つ花時計

                           澤田緑生

公英(たんぽぽ)は自由だ。梅のつぼみがふくらみ始める初春、ひょっこり咲く一輪を見つけることがある。土筆が生える仲春には、土手や河原に点在する黄色を見つけられる。桜が散り、ツツジが咲きほこる今も、公園の植え込みや、道路の緩衝地帯で目にすることができる。子どもは、綿毛になった茎を折って、一気に息を吹きかける。種子は飛散するが、翌春、どの地に根を張るかは風まかせだ。一代限りの潔い生。人の手を借りずに地をはびこる種の生命力は、黄色く点在している。それは、綺麗に整備された花時計にも落下して、制服を着せられた児童に交じる野生児のように無邪気だ。花時計に限らず、花壇のチューリップも、梅もツツジもソメイヨシノも人が手を入れ育てた春だが、蒲公英は、今年の春風が、来年の居場所を決めてくれる気ままな育ちだ。この花こそ、春を運び、春の終わりを告げる花と思う。今日、みどりの日、タンポポに出会えるだろうか。『極光』(1992)所収。(小笠原高志)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます