May 102014
夕風はうすむらさきに蟻地獄
野木藤子
暮れかけた空、どこからともなく漂う木々の香り、うすむらさきの風とはまさに初夏の心地よい風らしい。そこに蟻地獄である。以前、アリジゴクを捕獲してペットボトルで飼ったという話を聞いたが、美しいともいえるすり鉢状の巣を器用に作りまさにアトシザリ、本当に前には進めないのだという。様々な不思議をはらんだ生き物のひとつだなと思うが、その密やかな地獄は罠としての恐ろしさを秘めながらたいていしんと静かで、アリジゴク自身は長い時間を巣の底で過ごしている。そう思うとうすむらさきの夕風も、これから訪れる闇を誘うようなぞわりとした風に思えてくる。『青山河』(2013)所収。(今井肖子)
May 092014
新緑や人の少なき貴船村
波多野爽波
貴船は京都の地名。貴船山と近隣の鞍馬山に挟まれた渓谷には、料理旅館が建ち並ぶ。夏には貴船川沿いに川床料理が供され、納涼客の客足が伸びる。爽波のことである。貴船での川床遊びを体験したこともあったに違いない。ところが、時期を違えて、夏の初め、新緑の頃、訪れた貴船は閑散としていた。人の少ない貴船村とは、意外な事実。ことばの抑制が効いている佳句である。『鋪道の花』(昭和31年)所収。(中岡毅雄)
May 082014
黄金週間終わるブラシで鰐洗い
斉田 仁
連休明けのがらんとした動物園での一コマ。生きていても剥製のように動かない鰐だけどゴールデンウイークに沢山の人の視線を背中に集めて疲れただろう。ゴシゴシとブラシでその背中を洗われて気持ちよさそう。ゴールデンウイークを黄金週間と表記したことで「黄金」という言葉の硬質感とごつごつの鰐の背中の硬さが響き合っていい感じだ。鰐の背中を洗うブラシの音まで聞こえてきそう。「俳句が出来ないときは動物園に行ったらいいよ」と俳句を始めたころ一緒に句会をやっていた年上の俳人からアドバイスをもらった。動物は楽しい想像力をかきたててくれるからだろうか。連休明けの一日、ベンチに座って動物たちをぼんやり眺めるのもいいかもしれない。『異熱』(2013)所収。(三宅やよい)
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