August 172014
秋立つやひたと黒石打ちおろす
安部孝一郎
立秋から十日経ちましたが暑いですね。日本は太陽暦、太陰暦、太古の暦が重なっているので、季語と季節にずれが生じることも少なくありません。おしゃれに気づかう人が季節を先取りするように、歳時記にもそんなしゃれたところがあろうかと思います。まだまだ猛暑は続きそうですが、言葉のうえでは秋を先取りしようと思います。掲句は「秋立つや」で切れています。暦の上で秋になった感慨であり、まだ暑さが残る中で立秋を迎えることにちょっとした違和感があるのかもしれません。また、この切れ字には屋外と室内を仕切るはたらきもありそうです。畳の上にはいまだ何も置かれていない碁盤。その隅に、第一着の黒石を打ちおろす。この一手が、秋の始まりと呼応します。この時、黒石はどのような手つきで置かれ、どのような音をたてたのでしょうか。それは、「ひたと」打ちおろされたのです。『広辞苑』では「ひたひた」を「ひた(直)」の畳語。ぴったり。すみやか。『日本語大辞典』では、波などが物に当たる音と説明しています。これをもとに碁石の置かれ方を想像すると、黒石は、碁盤の目(たとえば隅の星)に、すみやかに打ちおろされてぴったり置かれ静かな音をたてたものと思われます。盤上にかすかなさざ波が立つように、秋が始まりました。現在、囲碁碁聖戦五番勝負が進行中。井山六冠は平成生まれです。『四重奏』(1993)所収。(小笠原高志)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|