August 312014
内緒話皆聞こえさう月の道
牧野洋子
女子会という言葉が一般化しています。掲句はまぎれもなく女子の句です。なぜなら、作者が女性だからです。いや、そんな単純なことではありません。男子の内緒話なら、もっと淫靡で句にうしろめたさが醸し出されそうですが、それが全くない明るさがあるからです。女子が内緒話をするなら、恋話(コイバナ)でしょう。恋話は、つねに未来形です。これは、『源氏物語』以来の伝統なのではないでしょうか。この物語が、貴族の子女たちの未来の結婚と男女の関係を教育する物語であり、少女漫画が、恋愛の予防接種のような役割を果たしているように、女子は、男子よりも数年先を生きる性です。だから、一般的に、夫よりも妻の方が年下なのかもしれません。ただし、これには多くの異論があります。内緒話をしながら月の道を歩くのは、二人か三人。内緒話だから、ひそやかな声だから、それは心の声なので、皆聞こえそう。聞かれては困るけれど、この気持ちは届いてほしい。月の道を歩きながら、この心の輝きを月が受けとめて、かの人を照らしてほしい。今は女子会といいますが、これは、乙女心という言葉がふさわしいでしょう。「内緒話」の字余りに、心に余る思いを託しています。また、上五から、漢字五文字を続けたことで、乙女心の複雑さを暗示しています。『蝶の横貌』(2014)所収。(小笠原高志)
March 132015
数へてはまた数へけり帰る鴨
牧野洋子
秋に渡ってきた鴨類が春には列をなして帰ってゆく。冬鳥は主として越冬のために日本より北の国から渡ってきて、各池沼に分散して冬を過ごす。冬が終わると再び繁殖のために北の国に帰ってゆく。小さな群れが次第に数を拡大させつつ大群となって帰って行く。さてこの帰る鴨の隊列を空に見るに数えるのはかなり厄介である。目の子で百羽単位で何単位まで数えられるだろうか。まだ水面に散っている時でさえ、どれも同し顔でくるくると泳がれては中々数えにくいものである。とはいえ興に乗ってしまうと数える事を止められない。そんなこんなの季節もやがて移ろってゆく。再び春の気配と共に池沼に羽ばたきを繰り返し、いざ時が来ると飛び立ってゆく。後には留鳥のカルガモが残るのみとなる。他に<郭公やフランスパンの棒立ちに><雁渡る砂漠の砂は瓶の中><冬の雁パンドラの箱開けてみよ>などあり。『句集・蝶の横顔』(2014)所収。(藤嶋 務)
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