お愛想を言いかけた首相とニコリともしない習首席。この差は何。(哲




2014ソスN11ソスソス11ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 11112014

 下の子を抱き髪置の子を連れて

                           山内裕子

置(かみおき)の儀は、3歳となった男女児が11月15日に行う儀式。七五三の三に組み入れている地域もあるが、元来は別の行事である。儀式は頭に綿や白糸を白髪として乗せ、長寿を祈願する。7歳までに亡くなる子が多かった時代には、こまめに節目を用意することで、成長を喜び、神への感謝を捧げていた。医療が発達した現代でも、子の成長を願う親心から昔ながらの儀式を行う。しかし、幼い頃の兄弟、姉妹はたとえ二歳ほどの開きがあろうと、聞き分けのない赤ん坊が二人揃っているようなものだ。晴れ着の幼児と、すやすやと眠る赤ん坊、そして若い父母も美しく装う景色にたどりつくまでの、水面下の奮闘は想像にあまりある。掲句には並んで〈行き合はす人に祝はれ七五三〉が置かれる。はれの日に向けられるあたたかな視線もまた、どの時代にあっても健やかであれとの願いが込められる。『まだどこか』(2014)所収。(土肥あき子)


November 10112014

 ストーブを部分解禁する朝

                           森泉理文

業した高校(都立立川高)では、例年十一月一日が、スチーム暖房の解禁日だった。朝礼で校長が「都内の高校多しといえどもこんなに早く暖房をはじめるのは本校のみである」と威張ったものだった。公的な施設ではこのように暖房が解禁されるが、これが個人の家庭ともなれば、むろんこうはいかない。肌寒くなってきても、「まだ大丈夫、我慢できる」と、解禁を一日延ばしにするのが普通だろう。燃料費も馬鹿にならないし、一度暖房を入れてしまえばわずかな気温の差で止めたり点けたりするのは不可能に近いからだ。一度点けてしまえばそのまま春まで継続することになる。したがって、寒い部屋から「部分解禁する」のにも慎重にならざるをえない。作者は長野県佐久市に在住。東京などよりよほど寒い地方だから、もう「部分解禁」をされたころだろうか。『春風』(2014)所収。(清水哲男)


November 09112014

 少年を噛む歓喜あり塩蜻蛉

                           永田耕衣

蜻蛉が、少年の瑞々しい皮膚を噛む。少年の肉汁を内臓に取り込んだ塩蜻蛉は、それをエネルギーにして、生殖行動の歓喜に向かって飛び発つ。少年の肉体は、交尾後の産卵へと繋がっているが、少年はそれを知らない。一方、はじめてトンボに噛まれた少年は、噛まれる痛みを受苦します。噛まれた痕跡は、やがて消失しますが、噛まれた痛みは記憶として残り続けます。それは、自然界が授ける予防接種でもあるでしょう。ところで、大人になった少年は、甘噛みの歓喜に目覚めます。しばらく忘れていた 塩蜻蛉の記憶が、性の指南であったことを悟ったかどうかは定かではありません。掲句には、野球で言う先攻と後攻があるように思われます。表のあとには裏がある。噛む側が居れば、その後に、噛まれる側の人生が始まる。耕衣の「陸沈の掟」十ヶ条から二つ引きます。*「存在の根源を追尋すべき事。存在の根源はエロチシズムの根源なり。精気あるべき故に。」*「自他救済に出づべき事。先ず俳句は面白かるべし。奇想戦慄また命を延ぶに価す。即ち生存の歓喜を溶解するの力価を湛うべし。」これらの言からも、塩蜻蛉の歓喜は、エロチシズムとして少年の肉体に伝播し得たと読みました。尚、今年の「日本一行詩大賞特別賞」を受賞した清水昶氏の『俳句航海日誌』に、「耕せば永田耕衣の裏畑」があるこ とを、編者の一人久保隆氏から教わりました。ありがとうございました。『永田耕衣五百句』(1999)所収。(小笠原高志)




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