昨日の春の暖かさが、今日は真冬に逆戻り。勘弁してほしいなあ。(哲




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January 2812015

 ふるさとの氷柱太しやまたいつか見む

                           安東次男

東次男(俳号:流火草堂)は山に囲まれた津山の出身。冬場は積雪もかなりあり、寒冷の地である。近年の温暖化で、全国的に雪は昔ほど多くは降らない傾向にあるし(今冬は例外かも知れないけれど)、太い氷柱は一般に、あまりピンとこなくなった。雪国に育った私には、屋根からぶっとい氷柱が軒下に積もった雪まで届くほどに、まるで小さな凍滝のごとき観を呈して連なっていたことが、記憶から消えることはない。それを手でつかんで揺すると、ドサッと落ちて積雪に突き刺さるのをおもしろがって遊んだ。手を切ってしまうこともあった。時代とともに氷柱もスリムになってきたかも知れない。「氷柱太し」という表現で雪が多く、寒さが厳しいことが理解できる。「またいつか見む」だから、帰省した際に見た氷柱の句であろう。初期の作のせいか、次男にしては素直でわかりやすく詠まれている。『安東次男全詩全句集』に未収録の俳句391句、詩7編が収められた『流火草堂遺殊』(中村稔編/2009)に掲出句は収められている。同書には「寒雷」「風」などに投句された作も収められ、処女作「鶏頭の濡れくづれたり暗き海」も収録されるなど、注目される一冊。(八木忠栄)


January 2712015

 おはじきの色はじきつつ冬籠

                           河内静魚

ラスがまだ手軽な存在ではなかった頃、おはじきには細螺(きしゃご)という小さく平たい巻貝を鮮やかに染めたものが使われていた。戦争による物資不足の時代には、石膏で型抜きされ染色したものや木製の代用品が出回った。女の子の小さな指先で繰り返し弾くには、それにふさわしいものがそれぞれの時代に合わせて姿を変えながら存在する。ふわりと撒いたおはじきを弾き合わせながら手元に増やしていく遊びは、男の子のメンコやビー玉の威勢の良さとはまったく違う、静かな空気に包まれる。思い出してみれば見慣れたガラスのおはじきにはあざやかなマーブル模様が入っていた。色彩のとぼしい冬の景色におはじきの色が軽やかに行き交えば、それはまるできゃしゃな指先から遠い春へめがけて放たれる光線のようにも見えてくる。『風月』(2014)所収。(土肥あき子)


January 2612015

 俺が老いるとは嘘のようだが老いている

                           田中 陽

者は口語俳句のベテランとして知られる。老年近くになってくると、誰しもが感じる泣き笑いの実相だろう。老いを自覚するのは、突然だ。第三者が冷静に観察しつづければ、老いは徐々に訪れるのかもしれない。が、当人にしてみれば、たいていはこんなはずではないのにと思うさなかに、老いは容赦なく姿を現す。そして老いは、ひとたび出現するや、どんどん進行していくような気がする。それは外観的にもそうだが、内面でも深化していく。外側から内側から泣き笑い現象が進行していき、泣こうがわめこうが、がんじがらめに縛り上げられることになる。余人は知らず、私の場合にはそんな印象だった。そしてやがては、同じ作者の最新句集『ある叙事詩』にあるように「だれが死んでもおどろかない おれが死んでも」の心境に至るのである。『現代俳句歳時記・無季』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)




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