March 252015
海凪ぎて春の砂丘に叉銃せり
池波正太郎
今や「叉銃」(さじゅう)などという言葉を理解できる人は少ないだろう。兵士が休憩するときに、三梃の銃を交叉させて立てておくことである。「海凪ぎて春の砂丘」だから、およそ物騒な「銃」とは遠い響きをあたりにこぼして、しばしのんびりとした砂丘の光景が見えてくる。正太郎は兵隊で米子にいた若い頃、短歌や俳句をかなり作ったそうだから、鳥取の砂丘あたりでの軍事訓練の際のことを詠んだものと思われる。叉銃して、しばし砂丘に寝転がって休んでいる兵士たちが、点々と見えてくるようだ。訓練ならばこその図である。なかには、故郷の穏やかな海を思い出している兵士もいるのだろう。砂丘に迫る日本海でさえ凪いで、しばし春にまどろんでいるのかもしれない。「凪ぎ」「春」と「銃」の取り合わせが妙。正太郎晩年の傑作「剣客商売」などには、特に俳句の心が生かされていると大崎紀夫は書いている。掲出句は21歳のときの作で、18歳のときの句に「誰人が手向けし菊や地蔵尊」がある。大崎紀夫『地図と風』(2014)所載。(八木忠栄)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|