本日第118回余白句会也。兼題は「桜」、「狂(要季語)」。(哲




2015N418句(前日までの二句を含む)

April 1842015

 鶯のしきりに鳴いて風呂ぬるし

                           本田あふひ

の句を引いた『本田あふひ句集』(1941)は遺句集。手ざわりの佳い和紙の表紙で、大正五年から六十三歳で亡くなった昭和十四年までの作、百三十句余りが収められている。虚子の序文には「あふひさんが、一度ホトトギスの巻頭になりたいものだな、といはれたときに、私は<屠蘇つげよ菊の御紋のうかむまで >といふあなたの句がある。あなたは其一句の持主であるといふことが何よりも誇ではありませんか、と言つたことがある」というエピソードが語られている。格調高くおおらかな作風を持つ、女性俳句開花期の俳人の一人と言われているが、ふと呟いたような掲出句はどこかとぼけた味わいと人間味があって、思わず見開きの本人の写真を見返してしまった。鶯の声はきれいだったけれどちょっとお風呂はぬるすぎたのよ、でもまあゆっくり浸かってその声を楽しむにはちょうどよかったかしらね。くりっと大きい目でこちらを見ているあふひが、そんな風に言っているようにも思えてくる。(今井肖子)


April 1742015

 河原鶸天地返しの田に降りる

                           嶋崎茂子

原鶸は山林や田、河原などで群れをなしている雀に似た鳥で、飛ぶ時の鮮明な黄色で鶸だと分かる。双眼鏡で見るとピンクの太いくちばしと翼の太く黄色いしま模様が見える。見晴しのよい葦先にとまりキリキリ、コロロと鳴いたりジュイーンとさえずったりする。農事では厳寒期に土を氷雪にさらして病害虫を殺すために「天地返し」という作業がなされる。そんな労苦も終わった頃に春の兆しがやって来る。鶸の訪れもその一つである。今百羽にも及ぼうかという河原鶸の群れが一斉に大地に舞い降りてきた。春到来したり。その他<御慶いふ小さな町の小さな駅><夏草の匂ひいのちのにほひかな><冬鴎飛ぶといふこと繰り返す>などあり。『ひたすら』(2010年)所収。(藤嶋 務)


April 1642015

 春塵や毛沢東のブロマイド

                           柳生正名

ロマイド懐かしい言葉だ。簡単に言えば、映画スターや歌手の写真。携帯で写真を何枚でもとれる今と違って、スターが雲の上の人だった時代には貴重なものだったろう。ファンをじっと見つめる視線の置きかたやポーズなど、肖像写真と言われるだけあって照れくさくなるほどカッコつけたものが多いけど、ファンにとっては貴重なものだったろう。時代がかった言葉だけど、今もプロマイドってあるのだろうか。毛沢東と言えば天安門にある毛沢東の肖像画を思う。毛沢東は語録とともに文化大革命の象徴的存在だったけど、現在、彼を信奉する人はどのぐらいいるのだろう。時代がかって色あせた毛沢東のブロマイドにうっすらとつく春の塵。同じく砂塵ではあるが黄沙ではなく、「春塵」としたことで、空間的、時間的な距離が強調されているように思う。『風媒』(2014)所収。(三宅やよい)




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