安保関連法案、今日審議入り。戦後70年にして戦争を忘れたのか。(哲




2015ソスN5ソスソス26ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

May 2652015

 日傘差す人を大人と呼ぶ人も

                           杉田菜穂

焼けが大敵だと思うようになってからずいぶん経つが、たしかに20代前半は無防備に日に焼け、それほど後悔することもなかった。身軽が一番な年頃では雨も降っていないのに傘を差すなど、到底考えられないことだった。日傘は手がふさがるし、閉じたら閉じたで荷物になる。しかしその負担をおしてでも、年々歳々太陽光線は忌み嫌われ、しみしわ老化へ拍車をかける悪の根源として断固拒絶の意志をかためていく。大人とは衰えを自覚する人々のことなのだ。紫外線のUVAは5月がもっとも多いとされる。大人にとって油断大敵の今日この頃である。『関西俳句なう』(2015)所載。(土肥あき子)


May 2552015

 「お父さん」と呼ぶ娘も 後期高齢者に

                           伊丹三樹彦

意は明瞭。この事実には「ほう」と思うが、おおかたの読者の感想はそこらあたりで終わってしまうのではなかろうか。この事実に、もっとも愕然としているのは作者当人である。伊丹三樹彦は1920年生まれだから、今年で95歳だ。後期高齢者の娘さんがあっても、べつに不思議ではない。不思議ではないけれど、作者にしてみれば、この事実を突きつけられることで、現在のおのれの老いをいわば客観的に示された思いになる。多くの局面において老人にとって、いや誰にとっても、年齢はあくまでも「他人事」なのである。年齢を意識させられるのは相対的な関係においてなのであり、普段はわが事として受けとめつつも、半分以上は自分に引きつけて考えることもない。普段おのれの老いを認めてはいても、それだけのことであり、精神的にぐさりと年輪を感じることはあまりない。しかし、このような身内(子供)の老いを客観的につきつけられると、何か不意打ちでも食らったかのような衝撃が走る。小さいころから「お父さん」と呼びつづけていた子供がここにきて「急に」老いてしまった……。この娘はいつだって、自分とは比較するきにもならないほど、若い存在であった。その思いが急に我が身を老いさせる。このようなことは、起きそうでいてなかなか起きるものではないだろう。思わずも、読者にどう思われようとも、句にしておきたいと思った作者の気持ちがよくわかるような気がする。『存命』(2015)所収。(清水哲男)


May 2452015

 女老い仏顔して牡丹見る

                           鈴木真砂女

丹は、中国では「花王」と呼ばれました。平安時代の和歌では、音読みする漢語の使用を禁じていたため「深見草」の和名で詠まれています。真砂女もこの呼び名を知っていたはずなので、少し深読みしてみます。牡丹の花の色は、紅、淡紅、紫、白、黄、絞りなど多彩です。真砂女は何色の牡丹を見ていたのか。これは、読み手にゆだねられるところでしょう。私は、白の絞りかなと思います。たいした根拠はありませんが、「仏顔して」いるので、色彩はおだやかだろうと思うからです。掲句を上五から素直 に読むと、女である私が年老いて、それは女という性を脱した仏顔になって、しみじみと牡丹を見ている、となります。しかし、これは通り一遍の読み方です。もっと牡丹を凝視してもいいのではないでしょうか。問題は、どれくらいの時間をかけて牡丹を見ていたかです。花一輪を五分間見る。写生をする人ならば、これくらいの時間はかけるでしょう。あるいは、牡丹園を歩いたならば、小一時間かけて多彩な色の牡丹を見たことでしょう。いずれにしても、深見草という和名が念頭にあれば、牡丹の花を凝視したはずです。そして、その視線の奥には、雄蕊と雌蕊、花の生殖器官があります。その時、その視線は作者に跳ね返ってきて、老いた仏顔には、はるか昔日の修羅が内包されていることに気づかされま す。花王のような女盛りの昔日は、束の間、仏顔を崩すかもしれません。なお句集では、「牡丹くづる女が帯を解くごとく」と続きます。こちらの牡丹は紅色でしょう。『紫木蓮』(1998)所収。(小笠原高志)




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