July 0472015

 絵にしたき程に履かれし登山靴

                           中村襄介

物画を描こうと花瓶の花と向き合ったり、旅先でスケッチブックを開いて目の前に広がる風景を写したりする時は、描こうという気持ちが先にある。それとは別に、ふと描いてみたいという衝動に駆られる時があるがそれは、ひょいと覗いた路地裏だったり、無造作に積まれた野菜だったり、およそ描かれることを意識していないようなものが多い。この句の登山靴はかなり履き込まれていてそれが今、静かに脱がれ置かれている。どれほどの大地を踏みしめてきたのか、二つと同じものはないその形は、持ち主と共に過ごした時間の形でもあり、描きたい、と思った作者に共感する次第である。『山眠る』(2014)所収。(今井肖子)


June 1062016

 郭公の声に高原らしくなる

                           中村襄介

公は四月から五月にかけて南方から渡ってきて、夏が終わると南へ帰ってゆく。人間様もこれから夏休みに向かって非日常の世界へ飛び出したくなる。切符は青春切符、泊まりはホテルではなく民宿へ。あれやこれやと思いをめぐらせた結果涼しい高原へ向かうこととなった。「汽車の窓からハンケチ振れば〜」歌を口ずさんだりして心晴れ晴れと、高原列車は走り車窓を満喫する。到着した山は緑、渓は透明、空気はオゾンに富んでいる。天気も上々であるが何か一つ物足りない。思っていた矢先に「カッコゥ」「カッコゥ」の鳴き声。これだ、郭公の鳴き声が加わり高原のイメージはとことん充足された。「朝日俳壇」(「朝日新聞社」2014年7月28日付)所載。(藤嶋 務)




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