朝から空が明るい。今日は久しぶりに青空がのぞめそう。




2015蟷エ7譛10譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

July 1072015

 大瑠璃や岸壁すでに夜明けたる

                           石野冬青

字どおり瑠璃色の鮮やかな鳥である。ただしこれはオスの色で、メスはぐっと地味なスズメ色(オリーブ褐色)である。九州以北の低山の林に夏鳥として渡来する。特に渓流に沿った林を好み、飛んでくる虫を空中で捕えては枝にもどる。繁殖期の初夏になると、ピーリーピーリリ、ジジッと、必ず最後にジジッと言う声を響かせて鳴く。この鳴き声の美しさは、コマドリの「ヒンカラカラカラ」、ウグイスの「ホーホケキョー」と共に日本三鳴鳥と讃えられている。驚くほど星の美しい渓に寝付かれぬ夜を明かす。テントから顔を出せば夜も白々と明けて清らかな水の流れが聞こえてくる。うっすらと白んだ岸壁には「ピーリーピーリリ、ジジッ」が鳴き響いている。<瑠璃鳴くる方へ総身傾けぬ>(加藤耕子)では無いが、耳だけでなく全身で聴きたくなる声である。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(藤嶋 務)


July 0972015

 立ち読みの皆柔道部夏の暮

                           森島裕雄

るいる。部活帰りの重そうなビニールバッグを足元に置いて、柔道部の連中が書店の雑誌売り場にコミック売り場にごそっと溜まって立ち読みをしている。見回りの先生が一瞥すれば、野球部のメンツ、サッカー部のメンツ、とすぐに判別がつくのだろう。それにしても柔道部ときたらみんなガタイがよくて、おまけに暑苦しそう。夏の暮は七時ぐらいになってもまだ明るい。通勤帰りの客がちょっと書店でも寄ってみようかと思う時間帯でもある。場所ふさぎの連中には退去してほしいが、店の人が声をかけるのも躊躇するぐらい迫力があるのかも。柔道部の連中もそんな店の雰囲気を察して大きな身体を縮こませて立ち読みをしているのかも。そんな情景を想像すると掲句の「柔道部」に何ともいえない愛敬とおかしみがある。『みどり書房』(2015)所収。(三宅やよい)


July 0872015

 肩先でジャズ高鳴るや夏の渓

                           中上哲夫

ャズと中上哲夫とは切っても切れない仲である。それはある意味で羨ましいことだし、ある意味で不幸なことでもあろう。「夏、丹沢にて」と題して俳句雑誌に発表(1994)された七句のうちの一句である。親しい詩人たちと渓流釣りに行ったときの句だ。すがすがしい渓流に行ってまで、ジャズが現実に彼の心のなかでか高鳴っている、という状態は幸せと言えば幸せ、不幸と言えば不幸なことではないか。「釣りに集中しなさい!」と言ってやりたくなる。(そういう私は釣りはやらないのだが…。)静かな友人や騒々しい友人たちと一緒に渓流で釣糸を垂れている至福のとき(?)。そんなときに高鳴るジャズ。果たしてそんなときの釣果は? 彼の詩集『ジャズ・エイジ』(2012)に「ーーなんでジャズなんかやるの?/ーー自由になれるからよ/サックスを吹いていると/背中に羽根が生えてくるのよ」という素敵なフレーズがある。それを「ーーなんでジャズなんか聴くの?」と置き替えてみよう。きっと「背中」ではなく「肩先にジャズの羽根」が生えてくるのだろう。新刊の現代詩文庫『中上哲夫詩集』(2015)には、掲出句をはじめ64句が収められている。その勇気を素直に讃えよう。(八木忠栄)




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