マイナンバー法。こんなものがすんなり通るとは。世も末かな。(哲




2015蟷エ9譛4譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

September 0492015

 早ミサへ急げば鵙の高鳴けり

                           景山筍吉

虔なクリスチャンのある日の一こま。一日世に塗れれば一日教えに背いた反省が募る。昨夜悶々と悩んだ身の汚れを一刻も早く払拭せんと早朝ミサへと急ぐ。ご自身の何人かの娘さんも全員も修院へ送ることとなる。神へ捧げた娘達へ、嫁がせて子を為すという幸せを捨てさせたのではないか。心臓の鼓動の高鳴りに呼応して鵙が耳をつんざく様な鋭い声で鳴いた。彼は中村草田男の奥様にクリスチャンの直子氏を推挙し媒酌を務めた。閑話休題、彼が唯一民間の株式会社の社長をされた時の新入社員が小生であった。「勤め人は毎日会社へ来る事が仕事だよ」「運転手君、暑いから日陰を通って呉れたまえ」の語録が記憶に残っている。筍吉句<熱燗や性相反し相許す><薔薇に雨使徒聖霊に降臨す><修院へ入る娘と仰ぐ天の川>は教徒としての真摯な日常が滲み出ている。万感の思いを込めて成した著作マリア讃歌にはちゃらちゃらした感傷的な場面はない。その「マリア讃歌」(1937)所収。(藤嶋 務)


September 0392015

 子規の忌のたたみの縁のふかみどり

                           冬野 虹

治三四年九月一九日、長塚節の小包に同封された手紙に「蕎麦の花もそろそろ咲き出し候 田の出来は申分なく秋蚕も珍しく当りに候」と書かれており「ちょっと往ってみたい」「母は稲の一穂を枕元の畳のへりにさされた」という記述が子規の「仰臥漫録」にある。子規が亡くなったのはちょうどこの一年後であるが、この句はそうした事情も踏まえ「たたみの縁のふかみどり」の音韻の響きと色が効いている。母がさした稲穂のふちの深緑は広がる山野の見立てでもあり臥して見る子規の心を田園に遊ばし、慰めた色でもあった。今でも日常何気なくみる畳の縁の深緑ではあるが、そのときの子規の心持を思うと、心に染みる思いがする。『雪予報』(2015)所収。(三宅やよい)


September 0292015

 旅人のいかに寂しき稲光り

                           瀧口修造

雷」や「いかづち」という言葉には激しい音がこめられていて、季語としては夏である。ところが、雷が発する「稲光り」は秋の季語であり、音よりも視覚に訴えている。遠くの雷だと音よりも光のほうが強く感じられる。掲出句には「拾遺ブリュッセル一九五八.九」の添書がある。修造は1958年にヨーロッパを巡る長旅をしている。この「旅人」は修造自身であろう。近くて激しい雷鳴ではなく、旅先の異国でふと視界にとびこんできた「稲光り」だから、旅人にはいっそう寂しく感じられるのだろう。この句を引用して、加納光於と修造の詩画集『〈稲妻捕り〉Element』について触れている馬場駿吉は、次のように説明している。「九月初旬のある日の夕刻、ブリュッセルを襲った雷鳴と稲光りに触発されて書きとめた一句」(「方寸のポテンシャル9ーー瀧口修造の俳句的表現」)。馬場氏は修造を訪ねると、応接間兼書斎で読みさしの『去来抄』が机上に置かれているのに、何度か気づいたという。世界の現代作家の貴重な作品や、手作りの珍品などが足の踏み場もなく置かれた、あれは凄い応接間兼書斎でした。稲光りの句では瀧井孝作に「稲光ねざめがちなる老の夢」がある。「洪水」16号(2015)所載。(八木忠栄)




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