あらためて自然の底力の威力を知らされた。(哲




2015蟷エ9譛12譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

September 1292015

 芋虫に芋の力のみなぎりて

                           杉山久子

虫といえば丸々と太っているのが特徴だ。手元の歳時記を見ても〈芋虫の一夜の育ち恐ろしき〉(高野素十)〈   芋虫の何憚らず太りたる〉(右城暮石)、そしてあげくに〈   命かけて芋虫憎む女かな〉(高浜虚子)。なにもそこまで嫌がらずともと思うが。しかしこの句を読んであらためて、元来「芋虫」はイモの葉を食べて育つ蛾の幼虫のことだったのだと認識した。大切なイモの葉を食い荒らす害虫として見れば太っていることは忌々しいわけだが、ひとつの生き物、それも育ち盛りの子供としてみれば、まさに生きる力がみなぎっているのだ。芋の力、の一語には文字通りの力と、どこか力の抜けた明るいおもしろさがあって数少ないポジティブな芋虫句となっている。「クプラス」(2015年・第2号)所載。(今井肖子)


September 1192015

 鳩吹けばふる里歩み来るごとし

                           今村征一

吹くは両手を合わせた間に息を吹き、ハトの鳴き声を出すこと。猟師がシカを呼んだり武士や忍者が仲間の合図に用いたりした。子供たちも成長過程で吹けることを自慢しあったものである。吹けなかった私はずいぶん悔しい思いもした。そう言えば指笛も未だに吹けない。級長だったがその事で餓鬼大将にはなれなかったのである。吹ける連中でも図太く吹けるとか音がか細いとか些細な事が自慢と落胆の原因を作った。今久々に鳩を吹いてみるとあのふる里のあの頃の記憶がどっと甦ってくる。あの頃へ戻りたいけどもう戻れない。押し寄せる想い出は甘くて切ない。他に<定かなる記憶終戦日の正午><野の風を摘んで束ねて秋彼岸><干柿のやうな齢となりにけり>などなど氏の句が多数所載されている。『朝日俳壇2013』(2013)。(藤嶋 務)


September 1092015

 広げたる指すみずみに秋の風

                           守屋明俊

のうだるような暑さがひどかったせいか、とりわけ秋の風がありがたく感じられる。秋を知らせる初秋の風をとくに「初秋風」と言うことがあったと山本健吉解説の「大歳時記」にはある。日が衰え、秋風は次第に冷たくなり寂しさも増してくる。秋のあわれさを感じさせる中心に秋風があることは間違えないようだ。まだ暑さが完全に行き過ぎない九月はとりわけ吹き抜ける風に敏感になるころ。広げた五本の指のすみずみにひんやりとした秋の風が通ってゆく、指を吹きとおってゆく風は春風でも寒風でもなく、秋の風でなければならない。単純で当たり前なように思えるけど身体で感じる秋をなかなかこうは表現できない。『守屋明俊句集』(2014)所収。(三宅やよい)




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