2015N115句(前日までの二句を含む)

November 05112015

 立冬の水族館の大なまず

                           星野麥丘人

まずはの表記は魚編+夷、一般には鯰と書くことが多いがこの句ではずんぐりとした大なまずを強調する意味でこの漢字を用いているのだろう。水族館の暗い水槽に沈んでいる大なまずは季節の変化はほとんど関係がない。昨日、今日、明日同じ状態が持続していくだけである。「ひたすらに順ふ冬の来りけり」という句も並んでいる。身を切る寒さ、足元の危うい雪や凍結の道路。年を経るにしたがって、耐え忍ぶ冬を超えて春を待ちのぞむ気持ちは強くなる。いよいよ立冬。動き回ることが少なくり炬燵に立てこもる姿は大なまずと同じということか。さて今年の冬の寒さはどんなものだろう。『雨滴集』(1996)所収。(三宅やよい)


November 04112015

 十一月やぎ座と南の魚座のしっぽ

                           飯田香乃

年は小学生や中学生たちがさかんに俳句を作っているから、おじいちゃん・おばあちゃんたちもうかうかしてはいられない。ああでもない、こうでもない、と思案しているうちに、彼らはさらりヒョイと詠んでしまいかねない。香乃さんは酒井弘司の「朱夏」に属している中学二年生。幼稚園の年長さんのときから俳句を始めたという。おじいちゃん(弘司さん)に手ほどきを受けたらしい。あとがきに「私の俳句は、良く言うと大器晩成、悪く言うとなかなか上達しません」とある。やあ、末恐ろしいなあ。「頭にパッと良い句が浮かぶと、ハッピーになります」とも書いている。そのハッピーを経験したくて、大のオトナは四苦八苦しているわけです。でもなかなか……。魚座は晩秋の夕暮れに南中する。とにかく「やぎ」と「魚座のしっぽ」の取り合わせが少女らしく可愛くて、秋の夜空がいっそう美しく感じられる。字余りもこの際元気でいいなあ。他に「柚子風呂の柚子を蹴り蹴り温まる」の句も活発です。『魚座のしっぽ』(2015)所収。(八木忠栄)


November 03112015

 ロボットの脚は空洞木の実落つ

                           椎野順子

付から介護支援など、近い将来の期待を一身に背負うロボット。なぜ人型である必要があるのかと疑問だったが、生活空間が人間のために設計されているため、ノブを回す、スイッチを入れるなど、人間のかたちを取るのがもっとも効率的なのだと聞いて納得した。人間に近づく滑らかな動きは、束ねられたケーブルの働きによるものだが、それを包む表面との間は空洞である。掲句はロボットが血や肉を持たない物体であることをさらりと述べている。降り注ぐ木の実が、なぜか実りの充実ではなく、満れば欠くる道理を思わせ、胸騒ぎを覚える。集中には〈信条はいつでも麦酒どこでもビール〉大いに同感(^^)『間夜』(2015)所収。(土肥あき子)




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