2015ソスN11ソスソス11ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 11112015

 駅おりて夜霧なり酒場あり

                           久米正雄

んな辺鄙な土地であっても、駅をおりるとたいてい居酒屋があるものだ。呑兵衛にとってはありがたいことである。お店はきたなくても、少々酒がまずくても、ぴたりとこない肴であっても、お酌するきれいなネエちゃんがいなくても、霧の深い夜にはなおのこと、駅近くに寂しげにぶらさがっている灯りは何よりもうれしい。馴染みの店ならば、暖簾くぐると同時に「いらっしゃい!」という一声。知らぬ土地ならばなおいっそう、そのうれしさありがたさは一入である。夜霧よ、今夜もありがとう。中七の字たらず「夜霧なり」で切れて、下五へつながるあたりのうまさは、さすがに三汀・久米正雄である。五・五・五が奇妙なリズムを生んでいる。夜霧がいっそう深さを増し、あらためてそのなかに浮きあがってくる「酒場」が印象的である。暖簾をくぐったら、店内はどうなっているのだろうか? 勝手な想像にまかされているのもうれしい。正雄は俳誌「かまくら」を出して、鎌倉文士たちと俳句を楽しんだ。「かなぶんぶん仮名垣魯文徹夜かな」など、俳句をたくさん残している。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


November 10112015

 木の化石木の葉の化石冬あたたか

                           茨木和生

竜や昆虫以外にも化石はある。木にも木の葉にも、時代を超えて化石となって残っているものがある。思わぬタイミングで残ってしまったものの悲しみを冬の始めのあたたかな日差しが包む。それはまるで、生まれたての赤ちゃんを包むおくるみのように、やわらかで清潔な太陽のぬくもり。長い時間をさかのぼり、化石が木であり、青葉だった時代にも、同じように太陽は頭上に輝いていた。その頃の木はなにを見てきたのだろうか。山は盛大に噴火を繰り返し、見慣れない鳥が枝に羽を休めていたのだろうか。それぞれの時間がそれぞれのなかでゆっくりと流れていく。『真鳥』(2015)所収。(土肥あき子)


November 09112015

 骨壷を抱きしこと二度露の山

                           矢島渚男

二度」とあるから、父母をおくったときの骨壷だろう。二人の命日がたまたま露の季節であったのかもしれないが、そうでなくても別にかまわない。「露」は涙に通じるが、この場合には涙そのものというよりも、露のように生じてくる故人へのさまざまな思いのほうに力点がかかっている。つまり、この「露」は常識的な抒情の世界に流れていくのではなく、ある種の思念にたどり着くのだと読んだ。故人への思いから生ずる思念は、当たり前のことながら、人によってさまざまだ。天野忠の詩に「顔の記憶」がある。部分を引用しておく。「父親の顔ははっきりしている(私より少し若い) 母親の憂い顔は気の毒で思い出せない、 思い出せるけれど私は思いだしたくない」。このように、思い出さないようにして思い出すということだって起きてくる。私の体験から言っても、十分に納得できる。そのように複雑な思念がからみつく故人との関係ではあるけれど、思い出す源にある「骨壷を抱く」という行為の、なんと単純で素朴なそれであることか。しかしその単純素朴な行為の実感から流れ出てくる思念の不思議なありようを、作者は不思議のままに受けとめているのだろう。『梟』所収。(清水哲男)




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