ム田~句

November 21112015

 向き合うて顔忘らるる冬泉

                           飯田冬眞

々無事に生きていることが奇跡に近いような気もしてくる昨今だが、生きているからこその悲しみもある。人の記憶のメカニズムはまだまだはっきりしていない部分が多い上、個々の心の中に秘められたものは記憶も含め永遠に本人以外にはわからない。大切な人が目の前にいてじっと見つめ合っていても、その人の眼差しは自分に向けられていながら自分を認識してはくれない。でもそこにはぽつりぽつりと会話がかわされ穏やかな時間が続いているのだろう。好きだった人から先に記憶から消えるという説もあるが、愛情を注いだ存在だという本能的な感覚はきっと残る。冬の泉はしんとさびしいけれど、白い光を静かに抱きながらいつまでも涸れることなく水を湛えている。『時効』(2015)所収。(今井肖子)




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