2015N1121句(前日までの二句を含む)

November 21112015

 向き合うて顔忘らるる冬泉

                           飯田冬眞

々無事に生きていることが奇跡に近いような気もしてくる昨今だが、生きているからこその悲しみもある。人の記憶のメカニズムはまだまだはっきりしていない部分が多い上、個々の心の中に秘められたものは記憶も含め永遠に本人以外にはわからない。大切な人が目の前にいてじっと見つめ合っていても、その人の眼差しは自分に向けられていながら自分を認識してはくれない。でもそこにはぽつりぽつりと会話がかわされ穏やかな時間が続いているのだろう。好きだった人から先に記憶から消えるという説もあるが、愛情を注いだ存在だという本能的な感覚はきっと残る。冬の泉はしんとさびしいけれど、白い光を静かに抱きながらいつまでも涸れることなく水を湛えている。『時効』(2015)所収。(今井肖子)


November 20112015

 雪の野の鵟の止まる古木かな

                           大島英昭

の仲間の猛禽類である鵟(ノスリ)。大きさはトビよりも小さくハシブトガラス位いである。農耕地や草原に棲み、両翼を浅いV字形に保って羽ばたかずに飛ぶことが多い。低空飛翔をしながらノネズミなどの獲物を見つけると急降下して捕獲する。枯枝、杭、電柱に長い時間とまって休む。折しも雪の野原に一際高い古木があってよく見るとノスリが休んでいる。野生の動物たちは冷たくとも餌が乏しくともその厳しさに耐えて生き延びねばならぬ。食べる事、生殖することに太古からの知恵が引き継がれてゆく。他に<留守の家に目覚ましの音日脚伸ぶ><日陰から径は日向へゐのこづち><無住寺の地蔵に菊とマッチ箱>などなど。『ゐのこづち』(2008)所収。(藤嶋 務)


November 19112015

 冬銀河鍵一本の街ぐらし

                           荒井みづえ

会ではなかなか見ることのできない冬銀河であるが、冬はきりっと引き締まった冷気に星の光が一段と輝く季節。掲句では銀河が鍵と響きあって、カチッと回転させる音まで聞こえてきそう。出歩くときは必ず持ち歩く住まいの鍵。一軒家は出るときの戸締りが大変で帰宅してからも何かと防犯の心配がつきないが、マンション暮らしは気楽なもので、分厚いベランダの窓を閉め、スチールのドアを閉めて鍵を回すだけで完了する。密閉性が高いマンションは孤立しやすいともいえるが、街ぐらしの気楽さに孤独はつきものである、一つ一つの星の瞬きが光の帯になる冬銀河と同様に孤独の灯が連なり銀河のようにまたたく都会の冬の夜である。『絵皿』(2015)所収。(三宅やよい)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます