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April 0642016

 さくらさくらわが不知火はひかり凪

                           石牟礼道子

知火海は熊本県と鹿児島県にまたがる八代海のことである。水俣病でよく知られた水俣湾は、不知火海の水俣市沿いを言う。桜が咲き乱れている季節である。光をいっぱいに受けている不知火の海面は凪で、いっそう光り輝いているのであろう。未曾有の工場排水によって、住民が長年苦しんだ惨い歴史をもつ海には、それでもこの季節にふさわしく、光を受けてウソのように何事もないかのごとく、静かに凪いだ水面が広がっている。道子は俳人ではないけれど、あの穴井太と出会って交流するなかで、1986年に句集『天』を刊行している。(原告とチッソが和解するのは10年後だった。)掲出句と、もう一句「祈るべき天とおもえど天の病む」を引用して、酒井佐忠は「彼女の心の底には、いつも桜花が春風に花びらを揺らすように、キラキラと水面を光り輝かせるかつての『不知火の海』がうごめいている」(「抒情文芸」157号)と評している。これら二句は『天』に収められたもの。『石牟礼道子全句集・泣きなが原』(2015)所収。(八木忠栄)


April 0542016

 一本は転校生の桜かな

                           柏柳明子

島桜と江戸彼岸の交配によって生まれた染井吉野。接ぎ木で増やされ、現在では日本の桜の8割といわれるほど全国に浸透した。校庭にも必ず咲く桜もほとんどは染井吉野であるが、そこに一本だけ異なる種に目がとまる。接ぎ木という同じ性質を持つ染井吉野は同じ色合いで一斉に咲き、一斉に散る。そんな染井吉野に圧倒されるように、一本だけほんの少し濃く、あるいは薄く、時期が違えて咲く桜の心細さを転校生に見立てたのだ。成長が早く十年ほどで美しい樹形となり、葉が出る前に大輪の花が咲き揃いたいへん華やか、そして手入れが簡単で育てやすいこともあり、戦後競って各所で植樹された。しかし、同種での密集は年齢を重ねるほどに樹勢を衰えさせる。排他とは仲間以外を退けることを意味するが、集団は異物によってまたリフレッシュされるもの事実である。春は親の仕事の関係で転校生も増える季節。不安と緊張を乗り越え、がんばれ、転校生。〈花吹雪時計止まつてをりにけり〉〈サイフォンの水まるく沸く花の昼〉『揮発』(2015)所収。(土肥あき子)


April 0342016

 バケツなれば凹みもありし四月馬鹿

                           辻 征夫

つて、バケツはブリキ製でした。教室の隅に汚れたぞうきんとともに置かれていて、一応、掃除の時はぞうきんを絞ったり汚水を運んだりしていましたが、その存在は誰にも顧みられずにひっそりと佇むばかりです。時に、やんちゃ坊主はそれを叩いたり蹴飛ばしたので、学年度末のバケツは凹んだり歪んだりしていました。教室内の備品のヒエラルキーを考えてみても、教卓や黒板、チョーク入れ、定規などは生徒からみて正面に据えられた上部構造に位置するのに対して、掃除道具一式は下部構造といってよく、ブリキのバケツに関しては、小中高の12年間にわたって使用していたにもかかわらず、それを大切に扱いましょうという気持ちをもったことはありません。むしろ、教室内の備品の中でも、バケツはぞうきんと並んで最も蔑まれた存在でした。では、バケツ全般が軽蔑の対象になるのかというとそれは違います。かつて、北海道の冬の教室は、石炭ストーブで暖をとっていましたが、その煙突の下には、真っ赤なペンキを塗られた防火用バケツが水をたっぷりと溜めていて、ある種、厳かな存在感を発揮していました。悪ガキどもも、これを蹴飛ばしてはバチが当たると本能的に察知していました。一方で、ブリキのバケツは相変わらず日々の汚れを受け入れて、色も匂いもドブネズミみたいです。もし、辻さんが自嘲の句として、自分を四月馬鹿のバケツだと思っていたのなら、ブルーハーツのリンダリンダリンダみたいにその心は美しい。『貨物船句集』(2001)所収。(小笠原高志)




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